Before Long

カフェオレ

Before Long

 四年間の大学生活を終え、地元へ帰る新幹線を待つホーム。ベンチに座り込み懐かしいような、寂しいような気分に襲われる。

 いつも俺は地元に帰省する時は高速バスか夜行バスを使っていた。だが、地元から下宿先へ戻る時は親に金を渡され、新幹線を使えと言われていたため、地元から離れる時は決まって新幹線に乗っていた。だから、このホームにいると切なくなるのだろう。だが今回は新幹線を使っての帰省だ。実家に帰るのだ。

 なのにこの胸を締めつける痛みは何だ? 大学生活が終わった寂しさではない。むしろ早く終われと思っていたほどだ。きっと就職活動で内定が貰えず、無職として実家に居座ることに対しての負い目でもない。

 そうだ、公助こうすけだ。公助の死がここに来て、この胸を締めつけるのだ。いや、本当にそうだろうか。今も俺はあいつの死を実感しているのだろうか。


 *


 公助は大学四年間で出来た唯一の友達だ。

 お世辞にも話が面白いとは言えず、際立って勉強が出来るやつでもなかった。共通の趣味が多い訳でもなかったが、お互い口数が少なかったり、大勢が苦手だったりと性格が似ていたためか、俺とあいつは馬が合い、よく一緒に酒を呑んだり、互いの境遇の不満を語り合った。

 そんな公助が四年のゴールデンウィーク明けに死んだ。アパートの部屋で首を吊ったらしい。大学の先生経由で知った時は、実感が湧かなかった。唯一の友達だったのに涙の一滴も溢れず、公助の顔や最後に何を話したかなど、夢中で思い出そうとしていた。

 葬式に参列させてもらい、お焼香を上げ遺影に手を合わせても現実味は皆無だった。御遺族は俺に、公助と仲良くしてくれてありがとう、と言い泣いていた。その際、公助の母親から公助の部屋から就活を苦にした末の自殺であるという旨の遺書が見つかったと聞いた。情けないことにそれまで俺はあいつがそんなことで悩んでいたのを知らなかった。どうして俺に言ってくれなかったんだ、とか、死ぬことないだろ、などの言葉は出なかった。悲しいことにそんな思いは湧いてこなかった。

 俺はあいつのことを何も知らなかったんだ。悩みを打ち明け、それを笑い飛ばすぐらいの関係だった。でもあいつが自殺するほどに追い詰められていることを察することは出来なかった。もしかしたら、俺と公助は赤の他人だったのかもしれない。

 それからも俺は本当に友達がいなくなったにも関わらず、公助がいないという実感がないまま、無味無臭で色のない、若さを最大限に無駄にしたような大学生活を終えた。

 家族に無事、卒業出来そうなこと、内定のないことを電話で伝えた時、声のトーンが暗かったが、悔しいとか、悲しいといった感情を持っていた訳ではない。公助のことを思い出し、こんな不謹慎なことを考えていた。

「あいつよりマシだ」

 決して明るい、ポジティブな意味じゃない。

 前向きになろうとか、あいつの分も精一杯生きようとか、そんな気高いものでもない。もしかしたら、大学生活で何も得ることがなかったことへの開き直りなのかもしれない。ただ自分は生きている。それだけが頭をよぎった。


 *


 ハッとして意識が駅のホームに引き戻される。自分の乗る新幹線がやって来た。

 俺の大学生活の負の部分だけを詰め込んだように重たいボストンバッグを持って乗降口の列に並ぶ。すると前にいる、おそらく夫婦であろう二人の男女が何やら深刻な顔つきで話し合っている。小声であまり聞こえないが病院や葬式、喪服といった言葉が出て来ている。誰かが危篤なのだろう。遠方の病院に向かうんだろうなと思った。それだけ、たったそれだけしか思わなかった。

 新幹線に乗り込むと切なさが再び胸を締めつける。在学中の地元を離れる時の寂しさ、公助の死、先程の夫婦の親族の危篤が底なし沼に沈めるように、俺の心をズブズブと侵食しているような感覚がする。悲しみが湧いてこない薄情なこの心を無理矢理、苦しむように仕向けているのだろうか。

 列車が走り出すと何故か目頭が熱くなった。今の俺は何も出来ないんだ。家族に明るい土産話を持って帰ることも、親友の死を悲しむことも、見知らぬ人の不幸に同情することも出来ないんだ。

 そんな情けなさが無情な雪のように降り積もり目頭を熱くさせている。

 俺は空っぽだ。空っぽのまま生きていくんだ。

 誰かにそのことを非難されたり、馬鹿にされても悔しくないし、そいつらの言葉が胸に響くこともないだろう。それどころか、あの不謹慎な呟きが心に湧いてくるだろう。

「あいつよりマシだ」

 こんな心が変わる日は来るのだろうか、来ないだろうな。

 まもなく、地元の風景が車窓に流れてくる。ありふれた地方の街だ。それを見て俺は涙を流すだろう。そう直観した。

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