聖女の記憶と
周りが暗い。
目を覚ましてすぐにそう感じた。
さっきまでの夜の暗さではない。本当に真っ暗だ。
何も見えない。しかし、それなのに一切怖いなどの不安を覚えることはない。
なんだろうか。ここは。
そう思い周囲を見渡そうとするが思うように体が動かない。いや、そもそもこの世界に来てから首があってないような物だから容易に周囲を見渡せるわけではないのだが、そうではなく視線を正面以外に動かすことが出来ない、そう言うことだ。
そうしている内に目の前に少しずつ、白い点のようなものが現れ、それが徐々に大きくなってきた。
何となくあれが俺に樹に触れろ、そう命じた存在の元であると感じることが出来る。
ああ、そうか。なるほど。
あの樹は聖女が死んだ際に生まれたものだと少年に聞いた。となれば、この状況を作っているのもその人物である可能性は高い。
聖女は普通の人間ではない。この世界の知識を碌に持っていない俺でもそれくらいは理解できる。まあ、どの程度の違いがあるかなんてのはまったくもってわからないのだが、少なくとも一般人には無いような力があるのだ。死んだ後も何かしらの力を宿していてもおかしくはない。
そう思っていると目の前の白い点は俺を呑み込み、黒い世界を一気に白い世界に塗り替えた。
そして、それと同時に俺の頭の中にある思い、記憶などが流れ込んで来た。
いきなり来た衝撃に驚くが、別に痛いと感じた訳ではない。
何と言うか、俺とは別の人物の感情がそのまま頭の中に流れ込んで来たことで感情が揺さぶられた。そんな感じの衝撃だった。
そこから色々な情景が脳裏に浮かび消えていく。これはおそらく聖女の記憶だろう。
幼い時、大きな手で頭を撫でられ、それがうれしかったこと。
突然豪華な服を着た者たちが家に来ると何かを話していた。その後、否応なく両親から引き離されたこと。
話し相手も居ない。寂しい空間で聖女としての訓練を重ねていたこと。
いくつかの記憶が過ぎ去ったところで、あの青年が目の前に現れ、心の隙間を埋めてくれたこと。それがすごく嬉しいと感じたこと。
ああ、確かにあいつが成人しているのは理解できた。聖女とあいつが最初に会った時からあの青年の見た目は変わっていない。記憶の中の聖女とそう身長が変わらない所からして、今の俺の体の大きさと比べればそれなりに前の記憶なのがわかる。
さらにいくつかの記憶が過ぎ去り、領主の息子と思われる男に関係を迫られる場面が見えた。これは、嫌悪感、不快感、恐怖と負の感情がかなり多い。
そこから場面は変わり、記憶は手枷を嵌められている状況に移った。
おそらくこの記憶が、この聖女が死ぬ直前の物なのだろう。
いろいろな感情の中で後悔、未練が一番大きいようだ。恐怖よりも……いや、恐怖と後悔、未練がごちゃ混ぜになっているのか。さすがに覚悟が決まっている様子ではあったが、まだ十代の女の子が死の恐怖を完全に克服できるはずもないだろうからな。
そして最後は逃げ出したいとそう思う中ギロチン台へ連れていかれ、そこで脳裏に浮かぶ記憶は途切れた。
見せる部分が終わったのか、徐々に空間が白から元の黒に塗り替わっていく。
そんな中、小さく、しかし、確実に俺の脳裏に響く声があった。
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