聖女の存在

聖女の死により生まれた樹

 

 教会から出て、青年の後に続く。


 墓地でもそうだったが、周囲に明かりを発するものはなく、周りを照らしているのは月明りだけだ。


 それでも元居た世界よりも明るく見えるのは、世界の違いか、あるいは、この体の影響か。前を歩いている青年も、足元を照らすような明かりを持っていないことからして、この世界の夜は少し明るいのかもしれない。


「こちらです」


 青年が声を潜めながら俺を誘導する。


 夜の町中を歩く。まだ、教会を出てからそれほど移動していないため、それほど家はない。しかし、確実に日中人が活動している場所であることは分かる。


 周囲にある家から察するに近代の技術はない。おそらく中世くらいの技術を持った世界なのだろう。そうなれば道に出来ている轍は馬車のものなのか、それともこの世界には今の俺みたいな存在が居ることだし、全く知らない何かによるものの可能性もあるな。


 町の中心らしき場所に出た。


 広場、と言うには少し狭いが、おそらくここが町の中心なのだろう。もしくはそれに近い場所だな。


 それと、目の前に広がる円形の広場の中心には大きな樹が1本立っている。周囲には木製の柵が設置されているが、見た感じ新しいようだ。最近建て替えたのだろうか。

 それにしても幹の太さの割に背の低い樹だな。そういう種類なのだろうか。


 俺をここに連れて来た青年が目の前の樹を見ながら声を出した。


「……ここが……」


 青年の声がすぐに聞こえなくなったことを疑問に思った俺は、青年の事を確認した。すると青年の表情は今にも泣き出しそうに見えた。


「どうした?」


 このまま、次の言葉を出すまで待っていることも考えたが、青年の表情からしてなるべくここから早く移動した方が良いと判断し、俺は青年に声を掛けた。


「……あ、いえ、ごめんなさい。ちょっとあの時の事を思い出してしまって」

「……まあ、無理はするなよ?」

「はい、もう大丈夫です」


 明らかに大丈夫そうな表情はしていないが、それには気付かなかったことにした。

 今俺が着ている服とかの状態を見るに、この聖女が死んでからそう経っている感じでもないからその時の光景を鮮明に思い出してしまっているのかもしれないな。


「すいません。ここはですね、……聖女様が死んだ場所なのです」

「そうか」


 青年の態度からもしかしたら、とは思っていたがやはりそうだったのか。しかし、聖女は首を切られて死んだのだから、この樹のある場所では無理だと思うが。断頭台とか俺が知っているのだと結構デカいぞ?


「この樹は何なんだ?」


 青年が明らかにこの樹のある場所が聖女の死んだ場所、と言っているのだがどうしても理解できなかった俺はそう聞いてみた。


「この樹は、聖女様が死んだ時に生えてきた樹なんです」

「はい?」


 死んだときに生えてきた樹? どういうことだ。聞いても意味が分からなかった。


「この樹は…………聖女様から流れ出た血から出て来た物なのです」

「…………え? どういうことだ?」

 

 ちって、あの血か? そう言えば、この聖女が着ているドレスに値は一切ついていなかったような。最初は死んだ後に着替えさせられたのかと思ったが、もしかしてそれが理由だったのかもしれないな。

 いや、死ぬとわかっていてめかし込むのはおかしいから、死んだ後に着替えさせられた可能性の方が高いが。


「僕にもわかりません。おそらく他の人もわからないと思います。ただ、聖女という存在はこの世界にとって尊い存在なので、それに関係しているのかもしれません」

「はぁ」


 すまない青年。一切理解できない。とりあえずこの世界特有の現象とでも見ておけばいいのか? デュラハンが居る世界だし魔法とかもありそうだな。ならそう言うこともあるってことだろう。今はそう思って納得しておくことにしよう。


「まあ、あの場面を見ていない人には信じられないと思います。僕もあの場に居なければ信じることはしなかったでしょうし」

「あ、ああ、そうかもな」

「それと、領主様が殺された経緯はこの樹に関係しています」

「ん? どういう事?」


 この樹が関係している? この樹は聖女が死んだときに流れた血から生えて来て……え? そう言う事なのか?


「……聖女様を殺した領主様は、次に教会関係者を見せしめと口封じのために殺そうとしました。僕は聖女様の世話を担当していたので最初にその候補に挙がりましたね」

「うわぁ」


 明らかに国でも重要な存在であろう聖女を殺したのだから、それが国の中枢に伝わらないようにしようとしたのか。もしかしたら聖女を殺した責任を教会関係者にかぶせようともしていたのかもしれないな。


「ですが、それを行うよりも先に聖女様の血液から蔦のようなものが生えて来まして、それが領主様とその息子を締め上げたのです」


 意思を持つ植物か。そうだとすると、もしかしたら聖女の意思がその植物、この目の前にある樹に宿っているのかもしれない。


「そして、その蔓は徐々に大きくなっていって領主様たちを引きちぎって殺してしまいました」

「引きちぎ、ってうわぁ」


 締め上げたって聞いたから絞殺したのかと思ったら、引きちぎってって。首を切って殺すよりも残酷な殺し方じゃないかよ。まあ、やったことからして同情はしないし、ざまぁとしか思わないが。


「その後はその死体を放り投げてから、徐々にこの樹の形になっていった感じです」

「そうだったのか……」


 青年の話を聞い終えて、もう一度目の前にある樹を確認する。よく見れば、この樹は一本の樹から出来ているのではなく、いくつかの樹がくっ付き同化して出来た感じの見た目をしている。背の高さと幹の太さが釣り合っていない所からしても、そういう事なのだろう。

 それと、死体を放り投げたってことは養分にはしなかったんだな。もし、それを養分にしていたらどんな気持ちになったかわからないな。良かった。

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