夢うつつ

椿豆腐

膝枕

「総司さん、見て。梅の花が咲いてますよ」

 

 微笑んだ千代が、襖を開ける。

 一陣の風が、梅の花弁を乗せて吹き抜けた。


「そうだなあ。千代、手伝ってくれるか。今日は気分が良いんだ」

「はい、喜んで」


 瘦せ衰えた体を引き摺るように、総司は縁側に腰掛ける。

 穏やかに梅の花を愛でるその姿に、かつての新選組最強の剣士の面影は無い。

 春先とはいえ冷えるからと千代は、彼の肩に羽織を掛けた。


「なあ、千代。覚えているか? 俺たちが出会った頃」


 眩しそうに眼を細めて、追憶に浸る。自然と、二人の手は繋がれていた。

 

「もちろん、覚えていますよ。総司さん」

「あの時は楽しかったなあ……本当にあっという間だった」


 懐かしむような、寂しがるような複雑な声色に、千代は胸が締め付けられた。

 総司の体を労咳ろうがいが巣食ってから、もう長い。けれど、総司は心からの笑顔を忘れなかった。

 敬愛する近藤や土方が訪ねて来た時も、大袈裟に四股を踏んで、健康な素振りを見せていた。だから、千代も自然体の日常を心掛けて、いつも笑っていた。


「何か食べますか。あなたは昔から、花より団子でしょう?」

「ははっ、違いねえ。でも、今は眠いんだ。千代、膝を貸してくれ」

「もう、仕方のない人」


 頭を乗せた総司の眼元には、隈が出来ている。千代は、丁寧に彼の髪を撫でた。しばらくすると、穏やかな寝息に代わる。その頬には、梅の花弁が付いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢うつつ 椿豆腐 @toufu_love

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ