第76話 フグ肝のチゲと転移の魔導具
ジュウベエは目録の翻訳をしている、シュタットガルドに話しかけた。
「爺さん。そう言えばこの間から余り酒は飲んでないな? 体調でも悪いのか?」
「なんじゃジュウベエよ。もしかして儂を気遣っておるのか?」
「あ、まぁ。そうだ。俺の方が明らかに強いと認めさせるまで、簡単にくたばられても困るからな」
「ホッホッホッ。ジュウベエよ考えても見ろ。わしは賢者じゃぞ? いくら酔っておっても、キュアの魔法を唱えれば、アルコールのデトックスなぞはわけが無いのじゃ」
「あ…… そう言えばそうだな。じゃぁいつも酔ってたのは何でだよ」
「面倒な奴らに話しかけられるのが、嫌じゃからポーズじゃよ。今の様にわしの知識欲を満たす玩具があれば、酔ってなぞ居られぬからの」
「何か面白い物はあったのか?」
「うむ。今の所一番気になったのはこれじゃな」
そう言ってフィルが書き写した目録のページを、ジュウベエに見せた。
「魔法陣の書き方の本か。全百巻だと? スゲェな」
「この本を翻訳する事が出来れば、この世界の魔導具事情は大きく変わる。実際にこの方舟の倉庫に入っている物でさえ、この本の魔法陣の効果を解り易く見せるための、商品見本のようなもんじゃ」
「じゃぁ、その本を爺ちゃんが翻訳すれば、さっきの馬車みたいな魔導具も作れるようになるっていう事なのか?」
「まぁそうじゃな。それはそうと、カインは何をしておるのじゃ?」
「あいつは今キッチンで何か作ってるぞ。朝ツキヂの市場で買い求めたフグを捌いてたからな」
「それは楽しみじゃな。ちょっと倉庫から取り出して欲しい物があったんじゃが手が空いたら顔を出せと伝えて貰えるか?」
「ああ。伝えとくよ」
そう言ったら、丁度カインがこっちに向かって来ていた。
「爺ちゃん。ちょっとフィルを貸してくれ。今フグを捌いたんだけど、毒を無効化して欲しいんだ」
「構わんぞ。フィル行ってきなさい」
「はーい」
「調理が終わったら、一度倉庫に付き合ってくれんかの」
「ああ。構わないぞ。毒の処理が終わったら一階へ降りよう」
フィルが聖魔法のキュアの魔法を唱えたが、毒が消えたかどうかが見た目では判断がつかない。
「爺ちゃーん。鑑定は使えるのか?」
とキッチンから叫んだ。
「勿論じゃ。わしは賢者じゃからの」
「鑑定は私も使えるわよ?」そう言いながら、メーガンがキッチンに来た。
【鑑定】をメーガンが掛けてくれて無事に毒が無くなっている事を確認した。
「メーガン。ありがとうな。これで思ってた料理が作れる」
「どう致しまして」
と言ってメーガンはソファーへ戻って行った。
さぁ作るぞ。
今から作るのはトラフグのチゲだ。
毒のなくなったトラフグの肝を一口大程度に切り分け、薄く塩を当てた。
熟成庫へ入れ3分程で、表面に浮かんできた水分を拭きとる。
それを今度はアケボノで仕入れて来た純米大吟醸酒に漬け込み、出汁昆布を一緒に居れて、スチームコンベクションオーブンで30分程蒸しあげる。
蒸し上がった肝を丁寧に裏ごしする。
ここに水を加え、一口大に切りそろえたフグの身を、一度お湯をくぐらせて霜降りした物を入れる。
フグの皮も一度湯がいてから加える。
この皮も鍋に入れると、コラーゲンがたっぷりと出て鍋の味も引き立てるんだ。
一煮立ちした所で、味噌を溶き更に粉の唐辛子と、練り胡麻を加える。
味見をしてから、野菜と豆腐を加える。
野菜は、白菜、白ネギ、エノキ、シイタケ、春菊だが春菊は出来上がる直前に加えるのが良い。
たっぷりのフグ肝からは脂も浮き出して来て、良い香りが立ち込める。
野菜が煮えれば出来上がりだ。
みんなを呼んで早速実食だ。
「どうだ? 美味いだろ」
「本当だね。すっごく美味しいよ。僕は昨日アケボノで食べたフグチリよりもずっと旨味が強いから、こっちの方が好きだよ」
レオネアが絶賛してくれた。
他のみんなも、幸せそうな顔をして食べてる。
具を一度掬ってしまい、さっと水で洗ったご飯を加えて、一煮立ちさせる、溶き卵でとじて、上から刻んだアサツキを降る。
フグチゲ雑炊の出来上がりだ。
うどんでも美味しいが、今日はうどんの在庫が無かったから、雑炊にした。
とても美味い。
我ながら、上出来だ。
食事を終えると、先ほど爺ちゃんが倉庫の品物を取り出したいと言ってたから、一階に降りた。
「爺ちゃん何を出すんだ?」
「うむ。転移門と言う移動道具だ」
「なんだそれ?」
「目録の説明書きによると、二枚一組の扉を異なった場所に設置すれば、どんなに離れておっても、その二か所の間を通り抜ける事が出来るそうじゃぞ」
「すげえなそれ。じゃあさ、一枚をこの船の中に置いておけば、船の外からこの船に直接戻れるっていう事か?」
「そうじゃな。登録のしてある者であればそれで戻れる筈じゃな」
俺は爺ちゃんが商品番号を打ち込んだ取り出し口に魔力を流して、【転移門】を取り出した。
「ついでにもう一つ取り出して置くから頼むぞ」
「オッケー」
魔力を流して出て来たのは、先ほど爺ちゃんが言っていた魔法陣の本だった。
結構でかいサイズの本が100冊もあると壮観だな。
「カインよ。この本はわしの部屋に運んで貰ってもよいか?」
「おう。いいぞ爺ちゃん」
「これでわしの余生は、魔法陣の研究で過ごせそうじゃな」
「まだ当分死なないだろ?」
「そうじゃな。ハッハッハッ」
なんか爺ちゃんが一番楽しそうだな。
「長生きしろよ」
そう言って本を爺ちゃんの部屋に運び込んだ。
「カイン様。そろそろ帝都上空に到着しますが、どこに停泊させましょうか?」
帝都の連中に見られても、面倒が起こる気しかしないし、帝都に近い平原に停めてそこからは馬車が良いかもな。
「じゃぁ坊やは私が馬車で送ってあげるわ。何か問題があれば魔導通話機で連絡して来るのよ?」
「解った姉御」
「もうすっかりお爺ちゃんの見た目になった坊やに姉御って呼ばれると、何だか年齢を実感するわね」
そしてメーガンと共にシュタット爺ちゃんは出かけて行った。
この時は、これがシュタット爺ちゃんとの最後の別れになるなんて、思いもしなかった。
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