第43話 マクソラ一家

「アケボノ料理は食べたかったけど、あの本の解読が終わったら次は一度アケボノ国に向かいたいと思ってるから、そこで本場のアケボノ会席を楽しもうぜ」

「うん。やっぱり本場で食べるのが一番だよね!」


「私はカインの作る料理の方がきっと好き」

「アケボノ国には精霊が大勢住まう霊峰もあると聞きますので楽しみです」



 俺は、風呂場で仕入れた情報を基に、ミカロフさんが襲撃される危険があると考え、ナディアの風の精霊にミカロフさんの周囲に異変が無いかを探らせている。


 風見鶏亭の人達には何も知らせて無い。

 下手に知らせると、折角新しい献立で頑張ってるのに水を差しそうだからな。


 見つからない様に、風見鶏亭の様子を見ていると、今日は新しい名物料理を積極的にアピールする事で、昨日までの倍近いお客さんの勧誘に成功している様だった。


 きっと厨房内は大忙しだろうな。

 ミカロフさんは、玄関で満面の笑顔でお客様のお出迎えをしている。

 

 客引きや、接客の担当をしている従業員の人達も、久しぶりの盛況に楽しそうに働いている様子が見える。


 この笑顔を引き裂く企みは許せないな。

 

 流石にこの日は、襲撃は無かった。

 でも、可能性があるとすればどう言うパターンだろうか?


 大倉亭側も、自分達が襲撃に関係したとバレてしまうと、風見鶏亭の取得をする大義名分が立たないだろうから、あくまでも関係がない様な筋書きを考えるだろう。


 だとすれば、どう動く?

 

「フィルがもし襲う立場だったら、どんな風に行動する?」

「別な理由がある様にかな?」


「例えば?」

「お金目的の強盗とか?」


「なる程な。それだと朝お客さんを送り出した後に商業ギルドに売り上げ金を預けに行くときなんかが狙い目だな」

「うん」


 その日は、大きな動きも無いまま翌朝を迎えた。

 宿泊客を送り出した後に、ミーチェとアンナさんは食材の仕入れに出かけて行った。


 俺達は動きがあるとするなら、そろそろでは無いかと周囲の状況に注視していた。

 昼前の時刻になり、ミカロフさんが革の鞄を持ち外に出て来た。

 行先は商業ギルドだろう。


 宿場から、このブラインシュタットの中心部へは、距離は1㎞程しかないが、この間が一番危険と予想できる。


 そして…… 当然の様にゴロツキの様な連中が現れた。


「その鞄の中身は金か? 俺達がありがたく頂いてやるよ」


 ミカロフさんは、返事をする事も出来ずに立ちすくんだ。

 5人の男たちが取り囲み、手に手に武器を持って襲い掛かろうとした。


 俺は、その状況を確認すると腰のベルトから10本のステーキナイフを取り出し、両手に5本ずつ構えると、一気に投擲する。


「ギャァア。いてぇええ」


 ナイフは寸分たがわず、男たちの両足の太ももに突き刺さり、その場に男達は転がった。


「ミカロフさんお怪我はありませんか?」

「あ。カインさん。助かりました。何とお礼を言って良いか」


「この場は俺に任せて、先に用事を済ませて来て下さい。護衛としてフィルとナディアを同行させますので」

「解りました。お願いします」


「ま、待て。ミカロフ。お前を逃がすわけにゃ……」

「ほー、お前らはこの人がミカロフさんだと知ってて襲ったんだな。そうなるとちょっと詳しく話を聞かなけりゃならんな」


 俺は、道の横を流れている川の河原に、生活魔法の【穴掘】で高さ5m程の穴を掘り、男達を放り込んだ。


「チュール。生活魔法の練習をしろ。この穴の中に【給水】で水を注いでいろ」

「うん」


 チュールが給水と呟くと、チョロチョロと勢いのあまりない水が流れ始める。


「おい、俺達マクソラ一家の者にこんな事をしてただで済むと思ってるのか?」

「俺は別にこの街の者でも無いし。その馬糞一家なんて臭そうな名前も知らんから関係ない。それよりも今から俺の質問に応えなきゃ水が穴にたまって溺れ死ぬぞ? 傷も塞いでないから溺れる前に出血死するかもしれんがな」


「な、おいすぐに助けろ」

「自分の立場が解って無いな。何命令してるんだよ。まぁお前らが俺の質問に素直に答えれば、命は助けてやるけどな。ミカロフさんを襲ったのは誰に頼まれた?」


「依頼人の情報なんか喋る訳ないだろ。俺達が喋ったのがバレればお頭に俺達が、何をされるか解んねぇ」

「お前たち、頭悪いな。既に頼まれて行動したって吐いたじゃないか。相手を言わなきゃこのままお前らはここで死ぬ。ちゃんと穴を埋めてやるから、見つかりゃしないし、安心しろ」


「待て。知らねぇ。俺達は依頼人なんて聞いてないんだ。お頭にミカロフの足腰が立たないくらい痛めつければ、奴の持ってる金は自由に使って良いと命令されただけだ」

「なんだ下っ端の雑魚なのか。じゃぁもう用はない。そのままそこに居ろ。衛兵を呼んでやるから、出血で死ぬ前に来て貰えればいいな。強盗未遂だから死刑にはならないと思うが、何年かは牢屋で反省してろ」


「おい、待て。助けろ」

「無理だな。安心しろ。お前らの親分も今から叩き潰して、依頼人と一緒に捕まる様にしてやるから」


 俺は、チュールに街の衛兵を呼んでくるように頼むと、マクソラ一家の事務所を訪れる事にした。


 あ、事務所の場所って何処だ?

 こいつらに聞いても教えちゃくれないかな? 一応聞いてみるか。


「おい、お前らの組事務所の場所ってどこだ? 教えた奴は助けてやるぞ? この街を出て戻ってこないって約束するなら、怪我も直してやってもいいぞ?」


 マクソラ一家の男達が、お互いの顔を見合わせていたが、一人の男が喋った。


「宿場町の裏通りにあります。看板が掛かってるんですぐ解ります。これで俺は逃がして貰えるんですね?」


 そう言った、次の瞬間「この裏切り者が」と言われて背中から剣で刺し殺された。


 中途半端に膝の高さ辺りまで溜まった水が、殺された男の血で真っ赤に染まり、血の池地獄の様だ……


 チュールが衛兵を5人程連れて戻って来た。

 俺は状況を説明して、捕縛は任せた。


 掘った穴はちゃんと埋めて置いたぞ?


 衛兵たちに、今からこの男達に命じたマクソラ一家の親分と、それを依頼した奴を捕まえると話して、男達の移送に二人が付いて行った他は、俺と一緒にマクソラ一家に向かった。


 後々の事を考えれば、官憲に任せた方が間違いないからな……


 衛兵は王都からの派遣が基本だから、街の有力者との癒着は少ない。

 癒着に対して王都が定めてる罰則が厳しいのもあるが、制度としては優れてるよな?


 俺はまず、一人だけでマクソラ一家へと乗り込んだ。

 下っ端は既に捕まってるので、親分と片腕らしき男の二人だけしかいなかった。


「おい、マクソラはお前か」

「なんだ、お前は? ここに、そんな態度で来やがって無事に帰れると思うなよ?」


「そんなのはいいから、ミカロフさんを襲ったのは誰の依頼だ? あー一応言っとくが、襲った奴らはもう捕まえて衛兵に引き渡したぞ。一人仲間割れで死んだけどな」

「何だと…… てめぇ一人で来やがったのか? おい、ザコルフ。このきちがいに俺に歯向かった奴がどうなるか教えてやれ」


 ザコルフと呼ばれた男が、素早く剣を抜き俺に斬りかかって来た。

 中々いい太刀筋だ。


 俺は背中の鍋蓋を握り、ザコルフの攻撃を受け止める。

 それと同時に生活魔法の【氷結】を発動し、ザコルフの手首を掴んだ。


 瞬間的に凍り付く。

 凍り付いた手首から先の部分に、腰からフォークを取り出して、軽く叩いてやった。『チン。パキン♪』と甲高い音が響いて、手首が砕け散った。


「てめぇ。街中で魔法使いやがったな」

「心配しなくていい。生活魔法だ」


「何だと……」

「ほら、喋る気になったか? どうせお前も捕まるんだから少しでも罪が軽くなる様にした方が良いぞ?」


「な、わ。解った。『大倉亭』の亭主だ」


 そこまで吐かせた所で、外に声を掛けた。


「だ、そうですよ。衛兵さん。後は任せても大丈夫ですか?」


 その言葉で外に控えてた、衛兵が突入してきてマクソラとザコルフを拘束した。


「俺達の出番はここまでだな。後は衛兵さん達が大倉亭に乗り込んで、話は終わりだろう。組合長もこうなった以上は、大倉亭の味方をするとも思えないし」


 恩着せがましく、ミカロフさんに顔を合わせて説明するのもちょっとな?

って思ったから、フィルとナディアが風見鶏亭までミカロフさんと戻って来るのを待って、さっさとこの街を後にする事にした。


「カイン兄ちゃん。もう大丈夫なのかな?」

「あー。きっと大丈夫だ」

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