第42話 大倉亭

 風見鶏亭の献立問題も目途が立ち新しい体制でスタートを切った。

 後は自分たちの力で頑張って欲しい所だな。


 一応、ミーチェには朝食のアイデアなんかも伝えておいたし、少し時間が経ってから、もう一度顔を出してみよう。


 今日は折角だから、ライバルでもある『大倉亭』のアケボノ料理を味わいたいと思い、ミーチェには今日は泊まらない事を伝えて宿を出た。


 この街は歓楽街としての一面もあり、沢山の観光客も訪れる。

 三か国の国境に近いと言うのも、大事な要素なんだろう。


 隣町に行くと言うのと、他の国に行くと言うのでは、例え距離が同じであっても全然イメージは違うしな。


 確かに温泉は気持ちよかったし。

 今日は大倉亭の温泉と料理を楽しむとしよう。


 昼の間は、この『ブラインシュタット』の街を4人とケラで楽しんだ。

 観光地価格と言うか、全体的に何をしても他の街に比べると、料金が高めだと感じた。


 そうだとすると、風見鶏亭の一泊二食付き銀貨一枚の価格設定は良心的だな。


 夕方近くになると、そろそろ宿屋の呼び込み達の活動時間になってきたようで、宿屋街では活気を帯びて来た。


 先日声を掛けて来た大倉亭の呼び込みの男が俺達を見て近寄って来た。


「おや、お客さん達まだこの街に居たんですね。どうでしたか?『風見鶏亭』は。料理が今一つだったんじゃないですか?」

「ああ。確かにそうだったな」


「今日はまだお泊りですか?」

「ああ。そうだ。大倉亭の自慢のアケボノ料理を食べたいと思って、逗留を伸ばしたんだ。今日は頼みたい」


「お。そうだったんですか。そいつは嬉しいですね」

「うちの旅館は料理と部屋のランクで宿泊料金に幅がありますが、いかがいたしましょう」


「そうだな普通だと一泊二食でいくらだ?」

「一番利用者が多いのが一泊二食で食堂を利用して食事をしていただくスタイルですが銀貨1枚と白銅貨5枚ですね」


「結構いい値段だな。折角だから一番いい料理で頼みたいがそれだといくらだ」

「お客さん太っ腹だね。お部屋でお膳を用意させて頂くスタイルで、勿論部屋のグレードも最上級。料理はアケボノから魔法の鞄を使って仕入れた最高の食材を使う本格的な会席料理。これで一人金貨一枚ぽっきりだ」


「よし! それで頼もう」

「ですが、残念な事にそちらのコースは一日限定一組だけで今日はもう常連のお客様のご予約で埋まってしまってるんです。申し訳ない」


「そうか残念だな。その最高のコース以外だと、まだ大丈夫なんだよな?」

「そりゃそうです。私が客引きに出てるくらいですから」


「四人で頼む」

「へい、かしこまりました。当日受付の出来る料理の一番いいランクの物ですと一泊おひとり銀貨二枚と白銅貨5枚ですが、そちらでよろしいでしょうか?」


「そうだな、それで頼もう」


 俺達は、客引きの男に付いて行き大倉亭の暖簾をくぐり受付をした。

 この宿も歴史のある建物の様だが、建物や部屋の綺麗さなどを比べると、風見鶏亭の方が手が行き届いてるな。


 部屋に入ると早速風呂に向かう事にした。


 風見鶏亭は男湯と女湯が中で繋がっていたりしたが、こちらは男女は完全に別れているそうだ。


 だから湯着の着用も強制ではなく、見られるのは恥ずかしいと言うお客様だけとの事だ。


 俺は、堂々と素っ裸で入って行った。

 湯船に浸かってゆっくりしていると、他の客の会話が聞こえて来た。


「組合長、風見鶏亭はまだ手に入らないんですか?」

「まぁ、放っておいても殆ど客の入って無い状態だ。どうしようもなくなるまで待った方が安く買い叩けるから、焦る事は無い」


 な、なんだ? 随分不穏な会話だな。

 気になる。

 俺は、詳しく聞きたいと思ったので、一度脱衣場に戻り、隠密の魔導具を魔法の鞄から取り出して発動すると、話の聞こえやすい位置に陣取って、聞き耳を立てた。


「こうして、組合長にはいつもいい部屋を用意して、美味い料理と酒と女を用意してるんですんからよろしく頼みますよ」

「実際、あそこの料理人を引き抜いてからは、満足な料理も提供できない状態だ。この街の商業ギルドからも風見鶏亭に料理人は斡旋しない様に手は打っている。経営が変わる前の三分の一程の客入りまで落ちた現状では、とてもじゃないがあの規模の宿の営業を続ける事は難しいからもう一息だ」


「もっと、こう一気に決着をつける様な手立てはないんですか?」

「大倉さん。あまり目立った行動を取れば、他の旅館が警戒して敵を作る。私は組合長の立場として、旅館同士が揉め事を起こすのは望ましく無いからな」


「そうですか。あそこを手に入れれば奴隷の女を揃えて、遊郭として活用しようと思ってるので、今以上に組合長にも、いい思いをしていただけると思っていますが……」

「ほー。それは中々。この街が増々と盛り上がる事になりそうですな。そうですか…… 事故でも起こって風見鶏亭の現在の亭主である、ミカロフが業務を行えない情況に成れば、後に残った息子や嫁ではあの宿の運営は難しいでしょうから、宿場町の入口に位置するあの宿を、立て直すために協会が建物を預かり、しかるべき経営者に任せる事になるでしょうな。まぁ偶然の事故でも起こればの話ですが」


「偶然の事故ですか。近頃は街も物騒ですからねぇ」


「話は変わりますが、そう言えば最近旅の商人に伺った話で、帝国が王国に攻撃を仕掛けて逆に壊滅した件で、詳しい状況が発表されました。帝国の言い分は、今回の敗戦は魔物による被害で、戦争で負けた訳では無い。よって敗戦の交渉で引き渡した領地は、帝国に帰属する事を求める。だそうです」


「魔物ですか? 一般人でもない訓練された軍が8万人も居て壊滅させるほどの魔物とは一体……」

「帝国側は、ヒュドラが現れその攻撃によって壊滅したと言ってます」


「こちらの王国側はどんな反応をしているんですか? それによっては景気も大きく変わりますから、詳しい話が知りたいですな」

「王国は、ヒュドラなど見てもいないし、先にカール村を占拠して戦端を開いたのは帝国。それを撃退して領土を放棄した帝国から、当然の権利として編入した土地を返すわけもない。ヒュドラが現れたなど帝国の作り話だと」


「王国の言い分の方が、我々には都合がいいですが、実際どうなんでしょう?」

「世界中の冒険者ギルドに対して、S級冒険者への指名依頼が出されたそうです。依頼人は帝国。これは、嘘ではないと言う事でしょう。S級冒険者に虚偽の依頼などしたら、帝国と言えどもただでは済みません」


「S級冒険者が二名以上一緒に行動したことなどあるのですか?」

「私は聞いた事無いですが、今回の依頼は断らないような気もしますな」


「理由が?」

「王国で今売り出し中のドラゴンブレスのギース子爵が、その領地の領主代行として乗り込み、領地内の古代遺跡にも手を付けるようですから、成功すればギース子爵もSランク認定されても不思議はない所です。その実力の程を見に来るついでに受けるのでは? という所ですな」


「そろそろ、お料理の用意が整う時間です。続きは部屋で話しましょう」

「おお、そうだな。今日も綺麗処は揃えておるんだろうな」


「それはもう……」



 なんともまぁ今の5分ほどの時間でお腹いっぱいに、情報が入って来たな。

 ヒュドラ討伐でSランク招集とか、まさかSランクの奴らなら俺まで辿り着くのか?


 それに…… ギースの野郎古代遺跡の攻略するつもりとか大丈夫なのかな?

 黒曜石ゴーレムは、きっと再び補充されて襲ってくるだろうし……


 まぁ探索は自己責任だ。

 あいつは運だけは有るみたいだし何とかなるかも知れないが……


 それより、風見鶏亭か。

 今のこの宿の亭主の話の感じだと、ミカロフさんが危ない。


 のんびりとここで、会席料理を楽しんでる訳にも行かないな。

 本当に襲ってくるような事があれば、手を出した事を後悔させてやるぜ。


 俺は風呂を出ると、フィルたちに事情を説明し、宿泊を止めて陰ながら風見鶏亭の護衛に就く事にした。


 それに…… 女湯は男湯の様に広くも無くてイマイチだったそうだ。

 食事も食べずに、急用で出立しなければならなくなったと伝え、料金は当然全額の金貨一枚をしっかりと支払った。

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