第27話 北へ

「どうだ? 美味いだろ」


「はい。ごちそうさまでした。あの…… 先ほど言われてた事は本当なのでしょうか」

「ん? 自由にするって話か? 本当だ。でも協力して欲しい事があるんだ」


「どんな事でしょうか」


 そう問われて、俺は古代遺跡で手に入れた本を取り出した。


「こ、これは。古代文字ですね……」

「そのようなんだが、ナディアはこれを読む事は出来ないか? 若しくは読める者を紹介して欲しいんだ」


「私には読めませんが、里の長老様ならばなんとかなるかも知れません」

「そうか。里へは俺達を連れて行く事は出来ないよな?」


「それは…… 難しいです」

「そうか。では俺がこの本をナディアに託して、翻訳してもらってから持ってきてもらう事は出来るか?」


「それでしたら大丈夫だと思いますが、長老が読む事が出来なかった場合はどうすれば……」

「そうなると、また、一からだな。まぁ読める人物のヒントを聞いて来てもらえれば助かるが。この街はナディアやチュールにとって決して過ごしやすい街では無いから、そうと決まれば早速出発する。エルフの里までは俺が責任もって送り届けるし、この街から出れば取り敢えず奴隷からは解放する」


「本当にそれでよろしいのですか? 隷属の首輪を外せば私が逃げる可能性もありますよ?」

「そうかも知れないけど、他に手も無いし、隷属で無理やり言う事を聞かせるのは俺の性に合わないからな。ただしこの本は、俺達にとって結構大事なもんだから、もう絶対に大丈夫と言う場所までは、俺が持っておくよ」


「解りました」


「ナディアちゃん。まだ心配してるでしょ? 私も奴隷だったのをカインが助けてくれた。だから安心して。オジサンだけど信用は出来るから。ご飯も美味しいし」

「こら。チュールお兄さんだって言ってるだろ」


「私を嫁にすると認めたら、お兄さんって言ってあげる」

「嫁なのにお兄さんっておかしいでしょ? チュールちゃん」


「細かい事は気にしないのフィル。けるよ?」

「な、何言ってくれてるのよ。大体カインお兄ちゃんの正妻は私だからね?」


「フィルだって正妻って言いながらお兄ちゃんって言ってるじゃん。一緒」

「そう言えばそうね」


「あの、チュールちゃん本当に奴隷だったの?」

「うん。しかも奴隷で売られてる途中に山賊に襲われて、最悪な状況だった。でもカインが助けてくれて、美味しいご飯くれた」


「そうなんだ……」


「取り敢えず出発するぞ。ナディアはマントをかぶってくれ」

「はい」


 こうして俺達はイシュルブルグの街を出発する事にした。

 次の目的地はナディアを故郷のエルフの里迄送り届ける事だ。



 ◇◆◇◆ 



 街を出ると、ナディアの言葉に従い北へ向かって進路を取る。


「カイン気付いてる?」

「ああ。勿論だ。10人程だな。馬車も居るが同じグループかどうかは解らん。狙いは恐らくナディアだろう」


「どうする?」

「実際に手を出して来たら、返り討ちにするが、まだ後ろを歩いてるだけじゃ、こっちから攻撃する訳にも行かない」


「だよね」

「ケラとチュールはナディアを守ってくれ。襲い掛かって来たら木の上にでも登っててくれ」


「うん」

「解ったニャ」


「あ、ケットシー」

「そうにゃ気づかなかったニャか?」


「首輪を嵌めてると精霊様を感じられない」

「そうニャか。俺が猫精霊様のケラニャ。よろしくニャ」


「ケラ自分で様とかつけてる。生意気」


「今は少し緊迫した場面な筈なんだけどな?」

「だって…… カインだし」


 それから5分程進んだ時に、後ろから付いて来ていた集団が速度を上げて俺達を取り囲むような位置取りに回り込んだ。


 それと同時に、黒塗りの作りのいい馬車が1台近づいて、中から一人の男が降りて来た。


「失礼。そのフードをかぶった女性は、昨日のオークションで落札されたエルフで間違いないでしょうかな?」

「その質問には答えられないな。少なくとも俺達はあんた達に用は無いし」


「それは困りましたな、私も子供の使いではありませんので『はいそうですか』と引き下がる訳にも行きませんので。昨日は私も最後の入札時に金貨5000枚を提示しましたが、まさか負けると思いませんでしたよ」

「それは残念だったな。その金額が残ったんなら他のエルフが二、三人は買えるんじゃないか? それでいいだろ」


「いえいえ、その子は特別なのです。ずっと探しておりましてやっと条件を満たした個体が現れたとの情報を手に入れて、王都から態々このオークションの為にやって来たのです。手に入れられなかったなど報告すれば、私の首が飛んでしまいますので…… 物理的に」

「それは残念だったな。最後にケチったお前が悪い。それが全てだ。諦めな」


「金貨一万枚。それでどうですかな? 悪くないでしょう? たった一日で恐らく金貨4000枚程度の利益を生み出すのですよ?」

「諦めなと言った。俺は金など生活できる程度あれば十分だ」


「お聞き入れ頂けないと…… そうなると残念ですが無事にここを旅立っていただく事も出来ませんな。いや、天国へ旅立っていただきましょうか」


 やっぱりこんな展開だよな。

 ナディアが特別だと言ってたが、どんな理由があるんだ?

 取り敢えず、こいつだけは捕まえて吐かせるか。


「ケラ。ナディアを任せたぞ」

「ニャッ」


 そう言うが早いか、クロヒョウ形態になったケラが、ナディアとチュールを背中に乗せ木の上に駆け上った。


 絶妙なバランス感覚で、揺れる事もなく到着する。


「カイン。やっちゃえ」


「チュール。そんなとこで騒ぐと落ちるぞ?」

「大丈夫。木の上は得意」


 一応猫獣人だけはあるって事なんだな。


「フィル。俺が周りの10人片付けるから、片眼鏡のおっさん頼んでいいか? 強くは無さそうだし、怪我をさせないようにな」

「解ったわ」


 俺は周りを見回し一応声を掛ける。

 まだ手を出して来ては無いから、サービスだ。


「おい、お前ら。今ならまだ許してやるぞ? ここにいる方は『ドラゴンブレス』の大幹部でAランク冒険者のフィル様だ。お前らじゃ相手にならんぞ?」

「ちょっ。カインなにくそ恥ずかしい紹介してくれてんのよ」


 だが効果は抜群で、みんなAランク冒険者に態々向かう事無く俺に向かって来た。


 そこで勿論、生活魔法の出番だ。

 【穴掘り】


 勢いよく、みんなで穴に落ちて行った。

 動かれたら面倒だから、半分ほどすぐに埋めてやった。


「どうするよ? 暴れたり暴言吐いたらこのまま全部埋めて、そのまま行くぞ?」


 片眼鏡の執事風の男はその様子を見て唖然としていた。


「わ、解りました。まさかドラゴンブレスのフィル様とその従者のご一行とは……」

「ちょっ。もうとっくに抜けたし、私の連れじゃ無くて、私が付いて来てるだけだからね」


「おい、フィル態々丁寧に説明する事ねぇだろ。その方が俺にちょっかい掛かり難くて便利なんだからよ」

「だって……」


「まぁいい。おいお前らはもう少しそこで大人しくしてろ。俺はちょっとこのおっさんに話があるから、終わったら助けて貰える? かも知れないからな」


 そう告げると、この10名の傭兵らしき男達は、顔を青褪めさせていた。

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