第19話 タナボタ男

「よーし集まったな。情報では帝国軍は撤退したと言う事だが、伏兵として残ってる可能性もある。十分に気を付けて進むように」


「「「おお」」」


 ギルドマスターの号令の元、街の衛兵と冒険者の合同捜索部隊が、カール村へ向けて出発した。


 俺は、出発に先駆け衛兵部隊の隊長にお願いをした。


「すいません隊長。俺はあくまでも冒険者証の見た目通りのDランク冒険者と言う事にして置いてください。色々困る事があるんで」

「そうですか…… Sランク冒険者が居て貰えると纏まりが付けやすいとか、色々利点も多いんですが、カインさんの要請であればしょうがないですね」


 山脈と言っても高さは、そこまで高くない山を登りきると、カール村の状況が見えて来る。


 やはり情報通りに、帝国軍は既に撤退している様だ。

 村は牛小屋から水が流れ続けていて、半分ほどが水没した状況だ。

 復興が少し大変かもしれない。


 みんなでカール村へと降りて行き、状況を確認して回る。

 羊の群れが放牧地帯で思い思いに草を食べていた。


 孤児院出身の冒険者が何名か居たので、慣れた様子で羊を纏め村の柵の中へと誘導している。


 俺は、牛小屋の場所へと移動して、川との間に開通していた水路を、生活魔法を使い塞いで行った。


 穴を塞いだことで少しずつ水位が下がり、帝国軍が持ち帰らなかった物資が、ある程度は残っていた。


 水没をしていても使えるような物も多い。

 ここでは兵士たちを殺していないので武器や鎧の金になる物は、殆ど無かったが、ここの品物を集めれば村人がここに戻るまでの、生活維持費くらいにはなるだろう。


 俺も結構な量の食料を持っていたが、既に朝食と昼食でほとんど使い切っていたから助かる。


 ギルドマスターが、衛兵隊の隊長と話している。

 川を渡って、帝国側の状況を聞きこむ方が良いのではないかと言っているが、他国へ踏み込むのは、許可を貰ってからでないと、後で責任問題になると断っている様だった。


 ギルドマスターもしつこくは言わずに、取り敢えず回収できるものを回収して、タベルナの街へと帰還する事になった。


「早馬で王国軍へ連絡を入れているので、騎兵部隊だけでも急いで到着する事になるだろう。川を渡るのは王国軍の本体に任せた方が良いと思います」


 確かにその方が良いだろうな。

 俺は帰る途中で「用事があるので先に戻る」と伝え、昨日ヒュドラに暴れさせた帝国軍本隊の駐屯地へと向かった。


 明るい場所で見ると悲惨な状況が、目に留まる。

 大量の死体に、鳥や魔物が群がって来ている。


 これだけ魔物が居たんじゃ、死体から防具や武器の金目の物を剝ぎ取ろうとする奴らは近寄れないだろうな。


 まぁそれでも、カール村の被害分くらいは回収して街の復興に役立てないとな。

 本営のテントがあったであろう辺りの高価そうな装備を100人分ほど、見繕って魔法の鞄に収納した。


 この場所には、食材や酒も良い物が運び込まれており、魔蔵庫なども持ち込まれている。


 魔法の鞄もかなりの数を集めた。

 魔蔵庫は『ひまわり食堂』に寄贈だな。

 

 食材や酒も相当な量を確保して置く。

 こいつらパーティするつもりで来てたんだろうな。


 だが、俺の親しい人を害した事実は消えない。

 戦争と言うのはこういう事だ。

 殺すつもりで集まったんだから、殺される覚悟も必要なんだぜ?


 まぁこれで俺が儲ける予定は無いから、後は放置だな。



 ◇◆◇◆ 



 タベルナの街に戻り村人たちの世話をしながら3日が経った。

 俺が回収した装備品なんかは、ここで売るとバレバレだからまだ魔法の鞄の肥やしになってる。


 出来れば王国の外で売りたいな。

 

 『ひまわり食堂』にだけは、魔蔵庫を寄贈した。

 魔法の鞄との違いは、扉を開ければ中が見えて、食材の管理がしやすい所だ。


 魔法の鞄だと、イメージで取り出すんだけど料理を作ったりするときは魔蔵庫の方が使い勝手がいい。


 おやっさんも喜んでた!


 勿論、魔蔵庫の中には、食材や高価な酒が満載だ。


 そしてこの日、王国軍の騎馬部隊が先乗りでタベルナの街に到着した。

 1000人程だ。


(えっ? なんでギースがいるんだ)


 俺は騎馬部隊にギースとクランの女性隊員4人が混ざっているのを見つけて、慌てて隠れた。


 ああ、男爵様だったな。

 顔見せの参加みたいなもんだったんだろうが、敵がいなくなったって聞いて、良い格好しに来たって所か?


 まぁ関わり合いになると面倒なだけだ。

 


 ◇◆◇◆ 



(ギース)


「カール村へ最近戻った30歳くらいの男を知らないか? カインという料理人だ」

「あの村の男連中は司教様が殺された時に、反抗してみんな殺された……」


(な、カイン。済まん…… 俺がクビにしたせいで死んじまったのか)


 ……ギースの脳内ではカインは死んでしまった……


 まぁ死んでしまったなら、しょうがない。

 死なずに済むほど強くなっていれば良かっただけだからな。

 結局カインは自分自身に負けたんだ。


「それで、どうするんですか? デンバー伯爵」

「うむ。カール村から帝国軍が既に撤退しているのは間違いのない事実だ。だが理由が解らん」


「思い切って帝国領に踏み込んでみるべきだと思いませんか?」

「うむ、今現在帝国がこの国の領土に踏み込んだ事実がある以上、戦時中である事は間違いない。上手くいけば逆に帝国の領土を斬り取り、我らの大いなる功績とするチャンスでもある。騎兵隊であれば敵兵をもし確認すれば離脱も可能だな」


「では、行きますか?」

「よし。行こう」


 ◇◆◇◆ 


「こ…… これは。何とした事だ」


 ギース達を始めとした王国の騎兵が見たのはこの世の地獄とも思える光景であった。

 何万人いるか解らない程の帝国兵の屍が魔物や鳥に、その死肉をついばまれている。


「これは、むごいが…… 幸運の女神は我らに降り立った」


 王国軍は後続の本体が到着するのを待ち、この惨劇の本営が存在した場所より王国側の土地を、王国領土とする為に駐留させる事になった。


 カール村の対岸に位置する帝国領土の穀倉地帯を含め、かなりの広範囲を領有化する事になる。


 そして、その功績はギース男爵の名声を一段と高めた。

 正にタナボタだ。


 一方、帝国側はほぼすべての貴族家の嫡男を失うと言う、大失態によりこの大陸での発言権を大きく貶める事になった。


 ギース達は腐っても、Sランククラン『ドラゴンブレス』のメンバーである。

 ここで死肉をあさっていた程度の魔物であれば十分な対処も出来た。


 対人戦でなく対魔物戦であれば、この王国軍5万の中でもトップの実力であったのも事実だ。


 デンバー伯爵により臨時の司令官を任され、魔物を駆逐しながら、帝国兵士や貴族たちの装備を回収し、王国に多大な利益をもたらせた。


 主には帝国貴族家から遺品の回収をしたいと申し入れをされたのを聞き入れた形だ。

 大きく国力を落とした帝国は、今回逆に侵攻されて失った土地を正式に王国に割譲する事になった。


 この功績により、王都に戻るとギースは子爵に陞爵した。

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