ほととぎすの唄

@MIKU-2nd

第1話

私は未来から過去にやってきた。

歳は十九歳の大学生だ。

それだけははっきり覚えている。


私の名前は、詩(うた)


セミロングの髪に背は高めですらっとしている。

周囲にはお母さん似だとよく言われていた。

私は学生生活を堪能するために過去の時代へやってきた。


そのために、本当の地毛は明るめの茶色の髪なのに、黒にカラーリングすることになってしまった。


30年程前は、海外からの留学生はまだ珍しく、髪色の違う生徒が入学してきたら、噂の的になってしまうという理由からだ。


期間は3ヶ月。


実際、30年程前の街には興味津々である。

30年後のように便利な機械はないから、ちょっと不便かなぁとは思うものの……でもやっぱり好奇心の方が勝ってしまうじゃない!


こんな体験したくたって出来るもんじゃないでしょう?

テレビでは見たことがあるけど、実際自分が体験するのとでは全然違う。


実体験に勝るもの無し!!


いくら書物やテレビで見聞きしていたとしてもね。


私は今日から某高校の3年生に転入する予定。

転入手続きや、住む場所は、ちゃんと手配してもらってるから心配いらない。


ただ、一つ不安要素があるとしたら……。


私のことをあまり良く思い出せないということ。

いや、そういう説明はあったと思う。

けど、流石にここまでとは思ってなかった。


私は、一人っ子として、優しい両親に愛されて育った。

名前はお父さんが付けてくれた。

由来は……聞いたことがあるはずなんだけど思い出せない。


両親も元気にしている。


なのに、どうしても靄がかかったように両親の顔や名前が思い出せない。

それと同じように、自分の苗字も思い出せない。

名前だけはハッキリと覚えているのに。

留学中は記憶障害は若干あるらしいが、未来に帰ったら元に戻るので心配不要というのは覚えている。


また過去での生活を通してでも徐々に断片的に思い出す可能性があるらしい。

実際、未来での学校生活や友達の顔も名前もちゃんと思い出せる。

なのに、自分の家族についてだけ、靄がかかっているのだ。

私は3ヶ月の留学が終わったら、絶対に文句を言ってやろうと心に決めた。


「ねぇねえ、貴方もそうなんでしょう?」

突然、同じクラスの生徒に耳打ちされた。

「えっ?何のこと?」

私は一体何のことを言ってるのか分からなくて、質問に質問で返す。

「だから、貴方も違う惑星から来たんでしょう?」

その少女は、さも当然のように爆弾発言を落とした。

「えええ!!!」

驚いたのは私の方。


違う惑星!?


あぁー、私も未来から来たくらいだ。他の惑星からでも、そんなに驚くようなことじゃないんだろう。

私はそう思考を完結させた。


「ううん、私は未来から。」

私は正直に身の上を話す。

なぜだろう。

彼女にはすべてを見透かされているような気がした。

きっと嘘はつけないと直感で思ってしまう程には。


「そっかぁ。未来からかぁ。盲点だったよ。私はさっきも言った通り他の惑星から留学でね……」

その日の放課後、私は彼女と二人っきりでお喋りした。

そこで彼女の素性を知ることになる。

偶然だろうが、私たちは同じアパートに部屋を借りていたのだ。

彼女と私は1ヶ月違いで転校してきたようだ。


「えっと……ミリセちゃんだよね?」

私はおどおどと名前を確認する。

「うん、そうだよー。私のことはミリセと呼んでちょーだい!あたしも、詩って呼んでいい?」

「あっ、うん。もちろん!」

良かった。うろ覚えだったけど、名前は合ってたみたい。

この日から私はミリセと半ば強引な形で友人になったのだった。


遠藤ミリセは、はっきり言って美人だった。

スタイル抜群、美人でかなり大人びている。

身長は170cmはあるんじゃないかと思うくらい。

モデルだとウソを言われても、疑わなかっただろう。

それくらい圧倒的美人と思われる外見をしてくる上、性格も明るくて取っ付きやすい。

クラスの皆とも、すぐ打ち解けられたようで、ミリセと一緒に過ごしていると次々に人が集まってくる。

過去の世界で友達ができるか不安だったけど、ミリセと友達になったことで、呆気なくその不安は解消されてしまった。


因みに、遠藤は本名ではないらしい。

留学に差し当たりのないよう仮に使ってる苗字だとか?

名前はミリセリーナが本当の名前で少し短縮されている。

とはいっても、愛称で家族や親友からは、元々ミリセと呼ばれていたから、全く違和感はないとのことだった。


私のこともちょっと話すね。

私は留学先では、御崎 詩(うた) を名乗っている。

冒頭でも言ったと思うけど、詩は本名。

御崎は留学するのに都合のよい苗字だっただけ。

記憶はないけど、本名ではないと本能的に自覚している。


転校してきてから暫く過ぎ、私は今の生活に大分慣れてきていた。

未だに携帯がないのは慣れないし、許せない。

どうやって友達とトークしてきたんだろう?

固定電話の使い方をミリセから教えてもらったけど、不便すぎる。

なぜって?

アレはね、携帯とは全然違う。

1対1でしか会話出来ないのよ。信じられる?

複数人で喋りたかったら、一度切ってかけ直さなきゃいけないつて有り得ない!


次に何あのコード??

私の住んでるアパートとは、元々電話が設置されてたんだけど、玄関のそばに設置されてたの。

1LDKの部屋で、メインルームへは台所を通らなきゃいけない。

ベッドの上でごろごろしながら、友人と喋るから良いんじゃない??

コードか足りないから、玄関から動けないし……。

電話の良さを蔑ろにしていると思う。

そして、電話のダイヤルの仕方もビックリ!!

なんて言えばいいのかな?

円形に車のハンドルみたいなドーナツ型になってて、そのハンドル部分に指が一本入るような穴が沢山空いてるの。

その穴1つずつに数字が書かれていて、その数字を押すのね。

でも、それだけじゃ駄目なの。

なんと指を入れたまま、時計回りに指をスライドさせなきゃいけないっていう……


これ以上は回らないっていう終点までスライドさせたら、ようやく指を外してもいいんだけど、バネでも入ってるかのようにハンドルは元に戻っていく。

そして次の番号の穴に手を入れて、回転。


その繰り返し……。


電話をかけるだけで、一苦労。

そんなの現在じゃ見たこともないよ。

テレビでは見かけてたかもしれないけどさぁ。

その時はスルーしてしまってた。

まさかこんなにも不便な代物だったなんて……。

数字も間違えられないし……。

間違えたらどこに繋がるのか恐ろしくて、毎回ドキドキするなんて………。

携帯の電話帳機能が恋しい。

いやいや、電話帳機能じゃなくって、携帯そのものが恋しい……。

携帯を発明した人は、きっと天才なんじゃないかと、私は一人で勝手に思ってる。


お母さんの学生頃は大変だったんだなぁ。


私の好きな教科は古典。

なんてったって先生の教え方が上手い。

時折ジョークを混ぜてユーモアたっぷりの授業を行う。

お陰で苦手意識があった古典が大好きになってしまった。

それに先生がイケメンなのよ〜!!

歳は28歳で私達より10歳年上だった。

それでも、20代の盛り、大人っぽさも加わり、カッコよさのピークに達していた。


一見、メガネ男って思うんだけど、一度メガネを壊してしまったらしく、裸眼で来たことがあったのだ。

厚底メガネで普段は隠されてる素顔は中々のイケメンだった。

それなら、コンタクトにしたら良いのにと真っ先に思ってしまった。

すぐに、この時代にコンタクトは無いんだっけ??と思い返すことになったけどね。

でもなぁ、あの厚底メガネのデザインもダサい!!

同様に先生の服装、髪型もね。

それだけはどうにかならないかなぁ。


でもなぁ、クラスの女子友達が言うように、声はいいんだよね。

すごく聞きやすい声質で、ずっと聞き入っていたいと思う。

あのイケメンボイスで和歌を詠んだ時には、その情景がその空間に広がったような錯覚を覚えたくらい。


そんなこともあって、古典の高崎先生は、クラスの女生徒からは密かに人気があるのだ。

むしろ、嫌いな人を探すほうが難しいんじゃない??


まあ……私も……嫌いではない訳で……


「《瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に 逢わむとぞ思ふ》この短歌の意味は解る人はいるか?有名な恋の歌だから知ってる者もいるんじゃないか??」

「……はい!」

ミリセがおずおずと手を挙げた。

「おっ、じゃあ遠藤。因みに、滝川とは滝のことじゃなく急流のことだからな。」

高崎先生がミリセをあてる。


「えっと……流れの速い川……あっ…急流で岩にせき止められて別れてもまた1つの川の水になる?だから……そんな風に急流のように…別れても必ずまた逢おう……」

最後の方にいくにつれて、どんどん声が小さくなっていく。

きっと、初耳の和歌だったんだろう。

それでも、果敢に手を挙げたミリセは学生の鏡なんじゃないだろうか。

ミリセの回答を聞きながら、『私には真似できないなぁ』と内心で感心してしまった。


「うん、正解だ。遠藤、初めて聞いた和歌なのに大したもんだ。良くやった。」

先生は笑顔でミリセを褒める。

途端ミリセの頬がほんのりと色付いた。

どうやらミリセも高崎先生のファンの一人のように思われる。


休み時間のこと。

女子トークに花が咲いていた。

もちろん、内容は高崎先生について。

「ねえねえ、遠藤さんを褒めたときのあの笑顔反則だよね〜。外見はともかく、あの声で言われたら照れるぅぅ」

最近仲良くなった谷山さんの一言から始まった。

「うんうん、声はアイドル並みよね。」

うっとりとした様子で谷山さんといつも一緒にいる立石さんが同調する。

「メガネ外してキラキラコスチューム着たら完璧〜」

その他、大勢の女友達が黄色い声を上げている。


例に漏れずミリセも……

「そっ……そうね。わっ……悪くはないわね……」と頬を赤らめた。


まっ、私もメガネを外した状態で、新品のスーツで微笑む高崎先生を想像してしまったとは、言わないでおこう。


流石に、この想像はかなり恥ずかしい。

それにしても、素材は抜群なのに、外見のダサさだけが残念である。

清潔感はあるのよ。

ただねぇ、あの着古した服とかねぇ……。

まあ、汚れてるわけじゃないけどさぁ……。

それと、厚底メガネに極太フレーム…。

そして、寝癖の跡でピンとハネてる髪の毛。


なんだかなぁ……やっぱり少し残念。


そんなことをばかり考えてミリセの様子がおかしい事には私は全然気づかなかった。


それから何日かして、ミリセが私の部屋にやってきた。

何か言いたそうにしてるけど、もじもじしてて、中々本題に入らない。

顔を赤めたり、悩んだり、百面相で可愛らしい。


流石に……話の内容が想像できてしまった。

一応……私も女子だからっっ……ね。


「もしかして恋バナ!?」

当たってる自信はあるけど、一応聞いてみる。

ミリセはこくんと頷いた。

「私、高崎先生のこと好きになっちゃったみたい……」

「えええ!」

こればっかりは、驚いても仕方ないだろう。

だって、先生と私達は10歳の年の差があるんだから。


ミリセは、ハッキリ言って美人だ。

きっと、モテモテのはず。

なのに、どうして先生?

と同時にもう一つの心配事が湧いた。

私達は、短期留学として、ここに来たんだ。

留学期間が終わったら、いずれ帰ることになる。

いわば、期間限定の恋なのだから。


「それでね、好きって……告白しちゃったかも……」

「ええ?告白したの?」

またもや、私は驚く。

「……うーん……一般的な告白ではないんだけど……先生にそれとなくメッセージを……」

「メッセージ?どういう意味?」

ミリセ曰く、今日の短歌の課題を提出した際に、それとなく、メッセージを送ってみたらしいのだ。


ほととぎす

初鳴き声聞き

部屋から出

暑さも許す

綺麗な唄よ


その短歌なら、私も提出前に見せてもらったけど、普通だったけどなぁ???


その日の夜、私は久しぶりに夢を見た。それは私が産まれた現在の夢。

私は、お父さんが嫌いだった。

中年のおじさんだし、お腹も出てるし、服装には無頓着、ファッションセンス皆無、眼鏡に、本の虫。もうすぐ、定年を迎える。

未だに若々しく見えるお母さんとは似合わない。

更に、お母さんよりも歳上なこともあって、小学校の頃は、「参観におじいちゃんが来てくれたの?」と勘違いされることもあった。

顔はまだ、ぼんやりしてるけど、服装は思い出した。


お母さんは、いくつになっても若々しく、私の自慢だった。

キレイなマロン色の髪の毛、少し翠がかった瞳、真っ白い肌、そして透き通るようにキレイな声、「お母さん、キレイ」と褒められる度、娘の私は鼻高だった。


だからこそ、お父さんとのギャップが許せなかったのだ。

そんな折、お母さんからこの過去への留学を持ちかけられた。

大好きなお母さんのおすすめの学校と聞いては、さらに興味を引いた。

そうして私は過去へやってきた。


そこで私は目を覚ました。

まだ、何かピースが足りない。

何か肝心な何か……漠然としたことしか分からないけど……

何か……何か……重大なことを見落としている気がする。

私はそんな予感が頭から離れず、中々ベッドから起き上がれなかった。



私は遠藤ミリセ。

今、私は先生に恋をしている。

そして今、その先生に呼び出され、職員室に向かっている。


コンコン

ノックして、職員室に入る。

先生はちょっと、疲れたような顔をして振り向いた。

ちょうど職員室には誰もいなかった。

なのに、先生は空きの会議室に私を呼んだ。


「遠藤、一体この課題は何だ。」

「…………」

「自分の短歌の意味を書く欄に書かれている『韻を踏めるように努力しました』とは?」

「………言葉の通りです。」

「私にはどんな韻を踏んでるのか、さっぱり分からないが……」


分かってるくせに。

最後の文字を縦読みにするとある文章になる。

そう私の気持ち。

『好きですよ』に。

私はちょっとムッとなった。

私のことは生徒としか見てくれていない。それがとても悲しい。


いくら友達に美人だと言われても、たった一人の人を振り向かせられないなら、全くの無意味ではないか?

不特定多数に愛されたい訳じゃない。私はたった一人に振り向いて欲しいんだ。

瞬間、私の理性は吹っ飛んでしまった。

私は椅子から立ち上がり、机を挟んで正面に座っている高崎先生の耳にキスをした。


途端、先生は、真っ赤になり、立ち上がった。

「なっ……なにを……」

先生は耳まで真っ赤になっている。

可愛い。母性本能でそう思ってしまった。

私は、机を周り、胸に抱きついた。

「やっ……やっ……止めるんだ。」

先生は私を突き飛ばし、部屋から出ていこうと扉に手をかける。

そして、私が床に倒れているのをみて、慌てて戻ってきた。

突き飛ばされたとき、どうやら腕を擦りむいてしまっていたようだ。少し血が滲んでいる。

まあ、擦り傷なので、絆創膏で治るだろう。

それに私は怪我なんか痛くない。怪我より痛いのは私の心。

そんなつもりは全くなかったのに、涙が次から次に溢れてきた。


「ごめんな………遠藤。もし10年たって、色んな男性と出会って、それでも俺がいいっていうんなら、その時は本気で考えるよ。」


十年後って、もう28歳だよ。私はアラサーになっている。

先生は諦めさせるつもりで言ったのかもしれない。

けれどそれは、私にとって、実現可能な希望になった。

十年後、私は先生にもう一度………出会うんだ。

「先生……お願いです。…………必ず………必ず………待っていて下さい。私の最初で最後の……お願い………。」

そう伝えて、思いっきり泣くことしか出来なかった。



「えっ?ミリセ、惑星に帰っちゃうの?」

私は驚きミリセに尋ねた。

「うん、留学期間はあと少し残ってたんだけど……。どうしても両親を説得しなくちゃいけなくなって。それと、学ぶこともあって……だから留学は辞めるけど、まだ帰るわけじゃないよ。」

「説得?学ぶ?」

「うん、私、学校を卒業したら、地球で暮らそうと思ってね。地球の特派員枠で就職したいなぁと思って。」

「そんな仕事あるの?」

「うん、ただね。私の住んでる惑星と地球の定期便が10年に一度しかないんだ。だから、今年留学に来たんだけど。半年、地球に定期便は留まり、前任の特派員と入れ替えるんだよ。引き継ぎとか、地球で購入するものもあるしね。だから、留学は半年限定だったの。」

「ってことは、10年間地球勤務だった人がいるのね?そして新しい人に変わると……」


「そういうこと。大抵は単身赴任だけどね。学びというのは……その特派員の元で、インターンシップしようかなって。10年間、一度も帰れず、単身赴任になるから、地球勤務は人気がないの。それに、地球人と違って、細菌や微生物に対する抵抗物質がないから、注射薬も服用しなきゃダメ出しね。」


「………」


「それにね、特派員は、15年以上は勤務出来ないの。私達の惑星と、地球は環境が違うから15年以上経過すると、命を落とす可能性があるの。だから、特派員は10年が任期なんだ。」


薬?ここでまた何かが引っかかる。

そういえば、お母さんも、隔週で、注射薬を打っていたように思う。

幼い頃、何を打ってるのか聞いたことがあった。

その時の返答は『この環境に適応する薬よ』だったはず。

繋がりそうで繋がらない。

何か重大なものを見落としてる気がする。


「痛っ……」

私は頭を抱えてソファに倒れ込む。

「大丈夫?どうしたの詩?」

ミリセが心配して駆け寄ってきた。

でも、考えれば考えるほど、頭痛は酷くなる。

ついぞや、私は意識を手放してしまった。



お母さんの体調が悪くなったのはいつ頃からだっただろうか。

細菌感染にかかり、寝込むことが多くなった。

初めは少し1日休んで回復していたけど、それが2日、3日、と徐々に長くなっていった。

それなのにお母さんは「私は大丈夫よ。すぐに良くなるわ。」と微笑んでいた。


お母さんを、病院にさえ連れて行かない父親には嫌悪感を抱いた。


お母さんは、「こっちの病院の薬を服用しても私の身体からだには合わないから」と儚げに微笑んでいた。


私は馬鹿だ。

この時の言葉の意味を全く理解してなかった。

こっちの病院イコール、こっちの世界である地球の病院という意味だった。

だから、父親も、お母さんのいう通りにして、心配そうに見ているだけだったんだ。

お母さんの身体には、地球の薬の効果がない。

すなわち、お母さんは地球人ではない。


目を覚ました私は、自分が泣いていることに気づく。

あゝ、やっと全部思い出した。

未来でのこと、両親の顔、そして私自身について……私の名前……

ミリセは、ソファに腰掛けウトウトうたた寝をしていた。私が倒れてから、つきっきりで看病してくれたのだろう。


私の名前は、高崎 詩

短歌がきっかけで、恋が実って、産まれた宝物という由来で詩うたと名付けられた。歌にしなかったのは、詩のほうがオシャレかなと思ったから、漢字だけ変えたらしい。


この名前も私は嫌いだった。

父親が元教師だから、その過去の職業を引きずって詩と付けたと思ってたから。


お父さんは、お母さんと結婚するときに、ケジメとして教師を辞めたらしい。

どんなケジメかもさっぱりわからなかった。

お母さんに聞くと「うふふ」と笑うばかりだった。

そんな、ハッキリしないとこも、父親を嫌いになった理由だ。


次第に父親とは、話さなくなった。


留学を持ちかけられたのは、そんな時だった。

「お母さんは暫く、実家に帰って、治療に専念しようと思うの。」

「どれくらいの期間?」

「そうねぇ、どれくらいかかるかしら……。何年もかかるかも……10年くらい……」

「そんなの嫌、私も付いていく。」

「詩は来れないわ。」

「どうして?じゃあ、休日毎にお見舞いに行くわっ。」

「………ごめんね、それもできないの。」

「どういうこと!?」

「詩、わがまま言うんじゃないよ。」

ここまで、悪化するまで、傍観してたくせに……

お父さんに、そんなことを言う筋合いはない。

私はキッと父親を睨んだ。


「私はお父さんと二人っきりで、暮らしたくないから。そうなるくらいなら、一人暮らしするからっ!」

その時のお母さんの悲しそうな顔は忘れもしない。


「詩、お願いよ。お父さんと二人で待っててちょうだい。お父さんは、見ての通り家事が全然だめなの。詩が一緒に、支えてあげて。」


「いやよ、10年かかる治療って何?そんなの聞いたことがない。本当に治るの?どこの病院に入院するの?もしかして……海外??海外でも、飛行機を使えば、数十時間よ。お見舞いはいけるでしょう?」


「………もっと遠いわ」


「お母さん、何を言ってるの。治療は、口実で私達のこと嫌いになったの?」


「ううん、そうじゃないのよ。説明をするより、実際に知ったほうが早いかもしれないわね。実は、地下倉庫にタイムマシンがあってね。過去に留学してみない?」

お母さんはお茶目な表情で、ウインクした。


そうして私はここに留学しに来たんだ。

やっと、理由が分かったよ。

治療に10年かかるのは、定期便が10年毎にしかないからだったんだね。

忘れてたけど、未来にだって、まだタイムマシンは存在しない。

あれは、ミリセの惑星の技術だったんだね。


そう、私のお母さんは、同級生のミリセ、その人物なんだから。


そして、私のお父さんは、古典教師の高崎先生だった。


なんでこんなに重要なことを忘れていたんだろう。


そういえば……

ミリセが特派員の説明をした際に……


『特派員は、15年以上は勤務出来ないの。私達の惑星と、地球は環境が違うから15年以上経過すると、命を落とす可能性があるの。だから、特派員は10年が任期なんだ』


ミリセの説明が脳裏に過ぎる。


私は今19歳なんだから、とっくに15年を過ぎてるんじゃないの?

その事実の意味を知り、私は鳥肌がたった。


私が9歳のとき、両親の離婚の危機が訪れたことがある。

父親が一方的に離婚をお願いしたんだ。

けれど、お母さんは決して首を縦には振らなかった。

「私の2つの宝物を置いて、帰れる訳がないでしょう??」

お母さんの本気の涙を見たのは、この時が最初で最後だった。


2つの宝物。


うぬぼれではなかったら、その宝物って……もしかして……

私とお父さん??

「……そ……そんな……」

私は初めて知ってしまった。

お母さんの『見返りを求めない愛情』と、お父さんの『海のように大きな器』を。


お父さんが今回、何が何でも、お母さんを実家に療養に行かせようとしていた理由も分かってしまった。

お母さんは、もう、療養に帰ったら戻って来れないだろう。

私は、そんなのは嫌だ。

だから、しなくちゃいけないことがある。

ミリセに先生を諦めて貰わないと……。

例え、将来、私が産まれることがなくなったとしても……。


私は、覚悟を決めて、ミリセと対峙することにした。


「……う……ん……あっ、詩、大丈夫?心配したんだから。私の惑星の医者を呼んだんだけど、暫くすれば目を覚ますだろうって。」

ミリセは尚も心配そうに背中をさすってくれる。

でも私はそんなことはどうでもいい。

真っ直ぐにミリセを見つめ、前置きなく、嘆願する。


「ねぇ、先生のこと諦めてくれない?」


ミリセが一瞬、キョトンとしたように思われた。

それから一拍あけて、落ち着いた声でミリセが答える。

「それはできないわ。」

「どうして?」

私はミリセにすがり付く。両手でミリセを両腕を掴み、揺さぶった。

けれども、ミリセは平然とした顔で……。


「……だって私……知ってしまったんだもの。………ありがとう。これで両親も説得できるわ。」

「えっ???」

一体どういうことだろう。

私の脳みそが話の展開についていかない。

エラー信号が脳内で点滅している。

「だって……詩は私の娘なんでしょう?」

「えっ……な、なんで……それを……」

私だって先程思い出したばかりだ。

そのことをミリセが知っているはずもない。


「ごめんね。さっき、医者を呼んだとき、血液検査をしてね。遺伝子検査って言えば分かるかな?」

「あっ……」

私は手を口に当てた。

それでもそんな短時間で遺伝子検査ができるとは信じがたい。

そんな私の気持ちを汲み取ったかのように……。


「私の惑星の医療水準は、地球よりも遥かに高くてね。一滴の血だけで、血液型や病気、遺伝子まで一瞬で判別できるの。同時に、誰と誰が血が繋がってるかも、医療ネットワークで一瞬で分かるわ。」


「……うそ……」


「それと、詩が地球人で、未来から来たという情報を考察したら、自然にね。そうかなぁ……って。両親にも、自分たちの孫の存在を伝えたら、説得はしやすいと思うわ。」


ミリセは嬉しそうに微笑んでいた。まるで女神の微笑みのように……。


絆ほだされそうになったところで、我に返る。

私の目的はまだ達成されていない。


「ミリセ、ううん、お母さん。お母さんは、15年以上地球に滞在して病気になるの。だから、お父さんと結婚したら、お母さんのの命が短くなっちゃうの。」

私は目に涙を溜めながら、ミリセに訴える。

ミリセは驚いたように、目を大きく見開き……

「そう、私は10年で帰らなかったのね。」と感慨深く呟くのだった。


「私ね、たった今まで、10年毎に、実家と地球を行き来しようと思ってたのよ。そうなのね、私は帰らなかったのね……。」

同じ言葉を噛み締めながら、もう一度呟く。


その、物思いにふけて考える姿は、未来のお母さんの横顔と同じだった。


胸がドキンとする。

私は慌てて、他に方法がないか逡巡する。


「ミリセ、そうよ。先生を諦めきれないなら、10年毎に行き来すればいいのよ!」

私が新たな選択肢を提示する。

この選択肢が正解のような気さえする。

そうすれば、ウィンウィンではなかろうか。


両親は、好きな人と結婚できる。

当時に、私も産まれてこれるんだから。

お母さんは、死なずに済むのだから。


でも、ミリセは別のことを考えているようだった。

「私は幸せなのね。」

「はぁ?」

私は話が思いっきり反れたことに驚き、つい「はぁ?」と言ってしまったことを恥ずかしく思う。


そんな私には眼もくれず、ミリセは呟いた。

「だって、未来の私は10年毎に実家に帰りたくなくなったんでしょう?」


「へっ?」

多分、ミリセの考えは正しい。

18歳のミリセは10年毎に行き来しようとしていたのだ。

今回、実家に説得しに帰ったら、次に地球に来れるのは10年後だ。

すなわち、ミリセは28歳の時に、もう一度地球を訪れたはずだ。

でも、48歳のミリセはまだ地球に残っている。


その理由は、『大切な宝物を置いて帰れなくなった』から。

娘の私だからこそ、理由を知っている。

私は、いたたまれない気持ちになる泣いて懇願する。


「お願い……死なないで……。」

ミリセに抱きつき、ミリセの懐かい胸の中で泣き続けた。まるで、赤子の頃に、だっこしてもらったかのように……。


そんな私をミリセは黙って、胸を貸してくれた。


そうして、暫くしたころ……

ミリセが唐突に呟いた。

「私、死なないと思うわ。」

「えっ…ひく……」

驚いて、しゃっくりが止まった。


「だって……どんな病気になったか詩に聞けば分かるもの。症状とかね。なら、その対策をすればいいのよ。流石に20年後には一旦帰る必要があるけど……、対策さえすれば持ちこたえると思う。」


「そ……そうなの?」

「ねぇ、詩、もう一度ちゃんと思い出して。未来の私は、もう命が短いと言っていた?」

「ううん、治療したら、すぐ帰って来れるって。」


そういえば……死ぬなんてお母さんは一言も言ってなかったと、思い当たる。


「でしょう?」

ミリアはニコッと笑った。

「間違いないと思うけど、未来の私は過去に、詩に出会ったのよ。今、こうして出会ったように……ねっ。そして、自分の症状を18歳の時点で知ることができたのよ。だからこそ、対策を取れたんだと思うわ。だから、規定の10年以上地球に滞在許可が下りたのよ。そうでなければ、パパが許してくれる訳ないわっっ」

そう言いながら、ミリアは爪を噛んだ。


「パパ?」

私は不思議に思って復唱する。

パパって、もしかして私のおじいちゃんのこと?

お母さん方のおじいちゃんには会ったことがなかった。

その理由も、今なら分かる。

「そうよ。私のお父さん。私のパパったら……ううん、何でもないわ。」


何か言葉を濁されたような……

まあ、私の思い違いかな。


まさか、9歳のとき、半年だけ隣に引っ越してきた、あのおじさん、おばさんが、祖父祖母じゃないよね?

半年で引っ越してしまったけど……


月日は早いもので、あっという間に3ヶ月が過ぎ、季節が移り変わってしまった。

私の留学期間も、今日が最終日だった。

ミリセは、インターンシップに毎日励んでいる。


私は、古典の授業に必死で取り組んだ。

お陰で、古典にのめり込んでしまった。こんなに面白いのなら、もっと学生時代に真面目に勉強しておくんだったと、最近は後悔ばかりしている。


その立役者は、やはり高崎先生だ。

先生の授業はやはり何よりも面白かった。


お父さん、無視してごめんね。

お父さんのこと何も分かってなかった。

未来に帰ったら、お父さんに沢山教わりたいんだ。

それに、お母さんの短歌…。それがなんで恋歌になったのかも、全然分かんないから、答えを教えてほしいしね。


それから、お母さん!

こんな複雑なやり方で、私に教えてくれなくても言葉で教えてくれたら良かったじゃない?

それじゃあ、私がミリセに会うことがなかったから、感染の対策が出来ないのか……

それにしてもだよ、前もって教えてくれてもいいじゃない。


なんか私だけ除け者にされた気分。

絶対に、未来に帰ったら、恋バナ聞き出してやる!!

私は新たに、《恋バナを聞き出す》という、どうでもいい決意を固める。


そうして、お母さんに伝えなければ。

『10年は長いけど、お父さんと待ってるよ。必ず、元気になって帰ってきてね』と。


夏休みを利用して留学にきたから、季節はもう秋になっていた。

少し肌寒くなってきた、空を見上げながら身震いする。

空気は冷たいが心はとても温かった。


Fin

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