第2話 一宿一飯の恩返し

「お前、夕飯食べたのか?」

「お前じゃなくて玲愛れいあだよ、姫野ひめの玲愛。覚えてね、茅野さん」

「なんで俺の名前を!?」

「表札に書いてあるじゃん。ウケる」

「あ、そっか」


 一瞬知り合いなのかとビックリした。


「んで、あたしはまだ夕飯食べてない。茅野さんは?」

「俺もまだだ」

「なんか作ろうか? それとも先にヤっちゃう?」


 襟元をくいっと指で下げ、胸元をチラ見せしてくる。


「あのなぁ……そういうこと言うのやめろ。次言ったら叩き出すからな。俺は玲愛が気の毒だから家に入れただけだ」

「……ごめん」


 強い口調で叱ると予想に反して素直に謝ってきた。

 案外根はいい子なのか?

 いやいや、騙されるな。

 根がいい子は「先にヤっちゃう?」なんて言わない。


 玲愛は勝手にキッチンに立ち、料理を始めてしまう。

 野菜やベーコンを炒める香りがしてくると、先ほどまで微塵も感じていなかった食欲が湧いてきた。


「はい、出来たよー」

「ナポリタンか。おいしそうだな」

「美味しそうじゃなくて美味しいの。ほら、食べて」


 ちょっと誉めたら自分でハードル上げやがって。

 どうせ見た目だけで玉ねぎシャリシャリでケチャップ入れすぎでベトベトに違いない。

 言っとくけど俺は味にはうるさいからな。

 そんな意地悪な気持ちでひと口食べる。


「えっ!? 美味しい! 嘘だろ!? 本当に上手なのかよ!?」

「へへー。料理は毎日作ってたから」


 得意気に笑う顔は、先ほどまでと違って年相応なあどけなさがあった。

 食欲がなかったのが嘘のように、一気に平らげてしまう。


「それにしても何時からあそこに座ってたんだ?」

「んー? 茅野さんが帰ってくる二時間くらい前から?」

「マジかよ!? 留守とか長期出張だったらどうするつもりだったんだよ!? てかなんで俺んちなんだよ」

「なんとなくこの家の人なら泊めてくれるかもっていう直感?」

「なんだよ、その、なんの根拠もない理由は」

「でも泊めてくれたじゃん」

「まぁ……」


 実際そうなのだから反論も出来ない。

 きっと彼女なりに理由があり、必死だったのだろう。


 でもそれは訊かない。

 俺と玲愛の関係は一宿一飯の関係。

 踏み込んだ事情は関係ない。

 というか今は自分のことで一杯なのに他人の悩みなど抱える余裕はなかった。


「さ、風呂入ったら寝ろよ。そして明日には帰れ」

「お風呂? ようやくヤる気──」

「追い出すぞ?」

「さーせん」



 和室に布団を敷いていると風呂上がりの玲愛がタオルで髪を乾かしながらやってくる。

 化粧をおとした顔は年相応の幼さがあった。

 そしてちゃっかり俺のTシャツとハーフパンツを穿いている。

 ……てかブラ、つけてなくないか?

 ポチっと尖った胸元から慌てて目を逸らす。


「ヤらないって断っておきながらしっかり布団は一枚しか敷いてないし! やらしー」


 玲愛は笑いながら布団の上に座る。

 だぼだぼなハーフパンツだから思い切りパンツが見えてしまっていた。

 てか見た目の割に可愛らしいパンツ穿いてるんだな……


「ここは俺の寝るところだ」

「えー? あたしは?」

「玲愛は二階にあるベッドで寝ろ」

「悪いよ。あたしが布団で寝るし」

「いや、もう二度とあのベッドで寝ることはない」


 昼間のことを思い出し、ついキツい口調で言ってしまった。


「茅野さんが寝れないベッドならあたしもやめとく」

「玲愛は気にせず寝ろ」

「えー? じゃあベッドじゃなくて床で寝る」

「勝手にしろ」


 無理やり寝室に連れていって電気を消す。



 ようやく落ち着けたのは風呂に入ってからだ。


「やれやれ……なんなんだ、あいつは」


 髪を洗いながらため息をつく。


「だからあいつじゃなくて玲愛。覚えてよね」

「うわっ!?」


 いつの間にか背後に玲愛がいた。

 さすがに玲愛は裸ではないが、俺は裸だ。


「な、なななにしに来たんだ!?」

「振り返るとヤバいとこ見えちゃうんじゃない?」

「ッッ!」

「『お背中流しに来ました』ってやつ? 泊めてもらったお礼だから遠慮しないで」

「ふ、ふざけ……」

「いーからいーから。ほら前向いて」


 玲愛はボディソープを手に取り、素手で俺の背中を洗っていく。

 玲愛の柔らかな手のひらがぬるっと俺の肌を滑っていく。


「結構ガッチリしてるんだね」

「ちょっ……そこは背中じゃなくて胸だろ」

「手が滑っちゃったの」

「ひゃははっ! こ、こら! そこはちく……変なとこ触るな!」

「はいはい。大人しくしようね。じゃないともっと手が滑っちゃうかも?」


 玲愛の手が脇腹から足の付け根へと進む。

 もはや洗うというより撫でるといった感じの手つきだ。

 ここ最近舞衣にもされたことない、焦らすような感触に肌がビクッと反応する。


「わっ……バカ、やめろっ……」

「ふふ。焦ってるし。可愛い」

「追い出すぞ?」

「はい。おしまい。今度はもっと大切なところまで洗ってあげるからね」


 自分からはじめて来たくせに急に顔を赤らめ、逃げるように浴室から出ていった。

 なんなんだ、あいつ。

 てか妻が出ていった日に俺は見知らぬJKとなにをしてるんだ?

 もはや怒りを通り越して呆れてしまった。


 今夜は寝られないかと思ったが、色々ありすぎて脳がつかれていたようで、あっという間に眠りに落ちていった。





 ────────────────────



 たくさんの人に読んでいただき、とても驚いております!

 ありがとうございます!


 ビッチのようで照れ屋の玲愛ちゃん。


 そんな彼女は進学と就職の割合が半々の高校に通う三年生です。


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