あてにならない直観
霜月かつろう
第1話
日本から外に出て活躍している人たちを見るとどうしても心が揺れ、落ち着かなくなる。あそこに立っていたのは自分でもおかしくなかったのだとそう大声で言いたくなる。そんなことをしても注目されるわけでもなく冷めた目で見られるだけだというのは分かっている。それでも衝動が沸きあがってくるくらいには悔しいのだとそう思う。
なぜそんなことを考えしまったのかと言えばテレビでやっていた凱旋パレードのニュースが原因だ。ちょうど立ち入ったラーメン屋のテレビで流れているそれから目を逸らすこともできずに悔しさだけが募る。
自然とラーメンをすする音が大きくなっている気がする。
「なあ。なんでラーメンの麺って黄色いか知ってるか?」
そんな隣の何気ない会話も気に障るのだから大人げないし、まだ引きずっているのかと自分が嫌になる。ケガさえしなければなんて思ってもどうしようもないことばかり考えてしまう。
「アルカリ性のかん水が小麦粉の中のフラボノイド色素が反応して色が変わるんだって」
だからなんだというのだ。そう怒鳴りたくなる気持ちを堪える。見習いとは言え探偵の仲間入りをしたのだ。こんなことで冷静さを失ってはいけない。
『簡単に起業できる探偵入門!キミも名探偵になろう!』
そんなうたい文句のチラシを見つけたのはケガで日本選手権を断念したちょうどそんな時期だった。半ばやけくそ気味でその探偵学校に入門したのは間違いない。しかしある種の直観がこの見るからに怪しい探偵学校でなにか得られるものがあるのだと、そう何かが告げていた。
昔からこの手の直観は信じることにしていた。それを信じたから日本選手権出場というところまで行ったのだ。
「で、かん水ってなに?」
そんなことを考えている間にも隣の会話は進み続けている。この生産性のない会話をしている男女が今回の仕事のターゲットだ。どこにでもある浮気調査が今回の依頼だ。
男性の方が結婚をしているのだが、こうやって妻ではない女性とよく会っているのを調査してくれと言う妻の父親からの依頼だ。当の妻本人は関係の割り切っているらしくどうでもいいといった感じなのが印象的だった。父親は娘を奪われただけでなくその娘を裏切っているかもしれない男を許せないという。ふたりの温度差に戸惑いながらも依頼を無下に断るわけにもいかず依頼を受けた。まあ、報酬が良かったというのも正直ある。娘のためならばという父の心情なのか。考えてもよく分からなかった。
そしてその肝心のターゲットはラーメン屋で知識を披露して自爆している。今はかん水をスマホで調べているところだ。調べるだけ偉いというか、始めからそれくらいの想定をしておいてほしいものだと思う。
ここでも直観が働く。きっと彼はこの後、すぐに女性と別れる。つまり決定的な証拠を得ることは今日もできそうにないと言う事だ。直観でもなんでもなくて今日までの一週間毎日同じような展開を見せられていれば嫌でもわかるというものなのだが、それでもあきらめずにひっかえとっかえし続ける男性を見続けているともうちょっとがんばれよという気持ちにすらなってくるのだから不思議なものだ。
「ねえ。かん水とかいいからさ、次行こうよ次」
女性の方からそう言葉をかけているのを見て少しだけうれしくなってしまうのは妙な親心のせいだろうか。つい応援してしまっている自分がいる。それに今日こそ証拠をつかんで仕事を終わらせることが出来るかもしれない。依頼主には悪いがそう期待が膨らむ。
会話を聞いてから先回りして会計を済ませる。日本選手権に向けて鍛え上げた肉体がここで成果を見せるとは思わなかったが素早く路地に身を隠すとふたりが出てくるのを待った。
しかしいつまで経ってもふたりはラーメン屋から出てこない。この店には裏口みたいなものもなかったはずだ。まだ中でかん水について調べているのだろうか。
ちらりと店の中を見てみる。そこにふたりの姿はなく、焦るが心当たりもなく絶望感が襲い掛かる。
どこかでばれたのかもしれない。探偵学校でも優秀な成績は収められなかった。どこか違和感をターゲットに感じさせてしまうらしい。
自分の直観は信じてはいけないのかもしれない。そんな直観が働く。あまりにも矛盾しすぎたその感情は行き場を失う。店の中で流れているテレビの凱旋パレードの様子が目に入る。
やはり怪我くらいで諦めてはいけなかったのだろうか。諦めなければ今ごろあんなふうに注目されていたのだろうか。
直観なんかに頼らずに自分でよく考えればよかったと後悔する。しても遅い。それも直観か?だとしたら抗うことが出来るのか。それは自分には分からなかった。
とりあえず依頼を断ろう。それだけは決意した。
あてにならない直観 霜月かつろう @shimotuki_katuro
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