第22話 石言葉(SIDE耕平)
書斎でパソコン画面と向かい合い、キーボードを叩く。
画面の端に表示されている時計が気になり、なかなか集中力が続かない。
スマートフォンを手に取り、宅配の通知を確認する。
表示は配達中。そろそろ来るはずだ。
玄関の呼び鈴が鳴った。
顔見知りの配達員へ礼を告げて、荷物を受け取り室内へ戻る。
千波はいない。
三日前から倫子の所で働き始め、今は仕事に行っている時間だ。
一人きりの静かな家の中で箱を開け、中身を確認する。
目にした瞬間、心が踊った。
千波の帰宅まで、仕事は手に付かない予感がした。
※
「ただいまー。あれ? いい匂いがする」
千波の声に反応して火を止め、出迎えに向かう。
「エプロン姿かわいい! そのエプロン久しぶりに見た。どうしたの? ご飯作ってくれたの?」
耕平の姿を見た千波が、心底嬉しそうな顔で笑った。
「なんか、集中できなかったから」
「珍しいね。手、洗ってくる」
洗面所へ消える千波の背中を見送ろうとしたが落ち着かなくて、追い掛ける。
「千波」
手洗いとうがいを終えて、千波が振り返った。
この反応は、きっと忘れている。
「左手の爪見せて」
「爪? 少し伸びてるかな?」
理由はわかっていない様子だが、素直に差し出されたほっそりした手。
手の中に隠していた小箱から指輪を取り出して、千波の薬指へと嵌めた。
「指輪、届いた」
ペリドットとダイヤで彩られた、婚約指輪。石は耕平が選び、デザインは千波が選んだ。
緊張して待つが、反応がない。
顔を覗き込もうとして、千波の目から涙がこぼれたことに、気付いた。
「やばっ。なんだこれ。なんか、感動。涙出た。……すごーい。かわいい。キレイ」
ハラハラ涙を落としながら指輪を眺め、千波が破顔する。
つられて、何故だか耕平まで、泣きそうになった。
「結婚指輪も見るか?」
「見る!」
化粧が溶けると言いながらティッシュペーパーで涙を拭った千波の顔は、溢れ出す喜びで輝いている。
この顔が見たかったんだと思いながら耕平は、結婚指輪が入った箱を開けて、千波へと差し出した。
結婚指輪のほうにも、小さなペリドットが嵌め込まれている。
「どうしてペリドットなのかなって思って、調べたよ」
大きさの違うシンプルなペアリングに視線を注ぎながら、千波が呟いた。
「一途な愛の象徴なんだってね? 素敵」
「俺からの、誓い」
「私も誓うよ。私は、耕平くんだけのもの」
千波がつま先立ちになったから、耕平は身を屈める。
触れるだけのキスをして、互いの瞳を見つめ、笑みをこぼす。
「私も耕平くんに、早くこの指輪を嵌めたいな」
「結婚までの道のりって、長いんだな」
「本当にね。こんなに大変だなんて思わなかった。けど、わくわくして、楽しい」
「俺も。忙しい一年になるな」
「耕平くんの貯金がかなり減る一年でもあるよ。申し訳ない」
「また稼ぐ。千波には、強引にでも恩を売っておいたほうが良さそうだしな」
やんわり拒絶する癖が付いている千波相手に遠慮していては、後悔する。
恩を受ければ返したいと考える千波に何かしらの恩を売っておけば、つなぎ止める一助となるはずだ。
生きるのをやめる行為を、千波はきっと、躊躇する。
耕平の密かな企みに気付かず、千波はきょとんとした表情で首を傾げていた。
ひねくれているのに、実は素直な千波。
そんな彼女が、愛しくてたまらない。
「夕飯の前に風呂入ろう。一緒に」
「え? やだ!」
「運動しようぜ?」
「お風呂の用途、違うから!」
「ベッドだって同じだろ?」
「た、確かに……」
「お湯溜めておいた」
ひょいと抱き上げれば、千波は抵抗せずに耕平の肩口へ顔を埋めた。
「指輪に傷が付いたら悲しいから、外していい?」
「ダメ。俺が全身洗ってやるから、今日は嵌めたままでいて」
「服脱ぐのに指輪だけ付けてるのって、卑猥」
「
「変態」
笑いながら口付けを交わし、千波が逆上せると怒りだすまでの時間を風呂場で過ごした。
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