第9話 行方不明(SIDE千波)

 腰に優しい温もりがあって、お腹部分もじんわり温かい。

 お腹の温もりはきっと、ホッカイロだ。


 何かに包まれ、守られているような感覚。

 目を開けるとそこには、Tシャツ姿の男性の胸。幸せな気持ちで頬を擦り寄せれば、腰に当てられているのとは別の手が、千波の髪を撫でた。


「具合、どう?」


 寝起きで掠れた、低い声。


「まだ怠いけど、昨日ほどじゃないよ。ごめんね。昨日、一日中寝ちゃった」

「びっくりした。生理があんなにヤバいものだなんて、知らなかったから」


 眠そうな声が告げて、千波の額に唇が押し付けられる。少しカサついた唇の感触が、くすぐったい。


「私は特に重い方かも。生理不順だし」

「病院に連れて行こうかと、本気で考えた」

「連れて行かれないで、よかったよ」


 耕平の腕の中、千波は、過去に救急車を呼ばれた時の体験を話した。


 生理痛のせいで、職場で倒れてしまったことがある。

 痛み止めは飲んだが、震えと嘔吐が止まらず、汗もびっしょり。トイレでうずくまっているところを上司に発見され、早退の許可を取ったが、立ち上がれなかった。

 ただの生理痛なんです。ごめんなさい。

 同じ言葉を何度も繰り返し続ける千波に、上司は告げた。


「私も女だけど、そんなにひどいのは生理痛じゃなくて何かの病気よ! って。救急車を呼ばれてね」


 妊娠の可能性を聞かれ、鎮痛剤を点滴され、いろいろと検査をしたが、異常は見つからなかった。

 症状が現れたのが自宅で、体を温めて眠っていられたのなら、そのような大事にはならなかっただろうと千波は思う。


「病院までお父さんが迎えに来てくれたんだけど、たかが生理痛で恥ずかしいって、怒られちゃった」

「は?」


 耕平が漏らした声に不穏なものを感じて、千波は彼の顔を見上げた。


「恥ずかしいって、何? 怖い病気じゃなくてよかったね、じゃないの?」

「耕平くんは、そう思う人なんだね」


――あぁ。好きだな。


 広い背中へ手を回して、身を寄せた。


「お腹空いちゃった。朝ごはん、作るね」

「俺が作る。今日はまだ休んでろよ。ネットで調べたけど、三日目まではつらいんだろ?」


 前日のように眠り続けるということはなかったが、耕平の手によりモコモコのぬくぬくにされた千波はその日一日、書斎に置かれたクッションの上でのんびり過ごした。


 仕事をする耕平の横顔を眺めて幸せを感じていたということは、本人には秘密だ。

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