直観の枷

豊科奈義

直観の枷

「なぁ、野島。ここの答え教えてくれよ」


 学校の昼休み、一人の男子生徒が野島に近づいた。名前を山田。山田はあまり頭が良くないため課題が一向に終わる気配がしないのだ。実際、山田の持っているプリントは空欄だらけである。

 野島は山田が聞きに来ることがわかっていたかのように、予め机上においてあったプリントを山田の方へ差し出した。


「おお、野島ありがと。ちょっくら借りるわ」


 そう言って山田はプリントを受け取ると自分の机へと戻っていった。


「はぁ……」


 嬉々としている山田とは対称的に、野島の顔色は悪く机に顔を突っ伏していた。


「それにしても、野島ってすごいよな。だって、いっつも答え見せてもらいに行くと既に机の上にあるんだもん」


 プリントを見せてもらった山田が周囲の生徒に対して、野島を称賛する。野島が見せてもらいに行き過ぎだという意見もあるが、概ね山田の意見に賛同する意見がほとんどだった。

 野島が解答を書き写し、返却しに野島の元までやってきた。


「野島、ありがとうな」


 山田から返されたプリントを受け取ると、野島は山田に話しかけた。


「なあ、野島。前世って信じるか?」


 唐突な問いにすぐに答えられず、考える野島。数秒経過した後、野島は頭が悪いなりに解を出した。


「俺は今まで見たことがない。だからわからない。でも、一人でも前世の記憶があるって言うなら俺は信じるよ。それじゃ」


 山田は去っていった。山田からしてみれば、血液型占いって信じるかどうか程度の話だと思ったのだろう。考えたとはいえ、そこまで思い悩むことはなく軽く答えられた。

 だが、野島の顔は一切変わらなかった。



 クラスメイトが部活か帰路についた頃、山田はトイレへにいた。


「……ふぅ」


 小便器めがけて用事を済ませ、ふと窓を見る。


「ん? 野島?」


 山田が窓越しに見たのは、屋上にいる野島だった。はっきりとは見えず、何をしようとしているのかはわからない。だが何やら不穏な空気を感じた。

 山田が屋上へと繋がる階段に向かうと、そこには屋上使用禁止の立て札があった。眉をひそめる山田は、急いで屋上へと向う。屋上の扉を荒っぽく開けると、そこには眉一つ動かさず平穏を保つ野島がいた。野島はゆっくりと屋上のフェンスを乗り越えようとしている。


「野島! よせ!」


 山田は急いで野島のもとに駆け寄った。そして今まさに宙に放り出されようとしている野島を掴んだ。


「なにしてんだよ!野島!」


「山田か。俺を引き止めに来たんだろ」


 野島は山田に淡々と告げる。来るのがわかっていたかのように。


「俺さ、わかるんだ。なんでも。何度も人生を経験してさ、見た瞬間、直観でわかるんだよ」


「いいから考え直せ。話は後で──」


 山田が言い終わる前に野島は、山田の発言を無視して発言した。


「考え直さなくても、直観でわかるんだよ。考えても無駄だって。山田が来るのも引き止められるのも直観でわかるんだ」


「だいたい何で死ぬんだよ」


「なんでもわかるからさ。テストも、明日の株価も、明日起こる事件・災害も。俺は知っていたのに、ただ見ているしかない。始めから結末を知っているから、人生がつまらないんだ。唯一の幸せは、幼少期。前世の記憶を持っても理解できないから。じゃあ」


 野島は自分自身を掴んでいる山田の手を強引に振り切った。そして、山田の静止も虚しく宙に倒れた。

 全ては直観でわかっていた。この自殺を成功するのだと。だが、野島は知っている。また絶望の日々を送るということを。

 そして、野島は思った。せめて、幼少期だけは幸せに生きたいと。

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直観の枷 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn

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