小数点以下の確率
カーボン:確かに収集クエストはいやだと言ったさ! 言ったがなあ……これはないだろう!
アル:ぼやいてないで攻撃魔法使ってくださいよ! 危険が危ないんですよ!?
アルまで日本語がおかしくなっている、今日俺たちは一つのクエストを受けた……受けたのだが……
カーボン:だから言ったじゃん!? 捕獲クエストは面倒くさいから辞めようってさあ!
アル:お兄ちゃん強いから大丈夫だと思ったんですよ!
俺たちがtellで会話をしながら受けているクエスト、ストレイディアー、通称『野良鹿』の捕獲クエストをアルが受けたのが始まりだった……
カーボン:レベル差考えろよ! その装備じゃ絶対に死ぬって!
アル:今更初期装備なんて持ってませんよ! お兄ちゃんこそもうちょっと弱い魔法持ってないんですか!?
そう、俺たちのレベルが『高すぎる』のだ。
捕獲クエストは弱らせたモンスターに捕獲用のアイテムを使用することで成功する、しかしこの時モンスターが弱ってくれていないと捕獲に失敗する。
そして俺たちのレベルは100と60、ここら辺での一般的なレベルは15だ。そう、野良鹿は一撃で死んでしまうのだ!
ポコッ
気の抜けるような音がして相手のライフが一気に削り取られ消えてなくなる、捕獲するには大体四分の一までは削っておけば大抵大丈夫だ。しかし俺たちの攻撃では一撃で死んでしまうのでそんな器用な真似は出来ない。
アル:もう三十匹超えたと思うんですけど……生き残るやつが出てきませんね……
しょうがないだろう、アルでさえ標準レベルの四倍という数値だ、俺に至ってはヒーラーなのに杖で殴っただけでライフがゼロになる有様だ。
アル:お兄ちゃん、なんかこう『峰打ち』みたいなスキル持ってないんですか?
カーボン:無茶言うなよ……侍のスキルなんて持ってねえよ……
アル:お兄ちゃん、肝心なところで微妙に無能ですよね?
カーボン:悪かったな……つーか人のことは言えないだろう? お前も一発で倒してるじゃん
アル:ま、まあその辺は私に任せてくださいよ!
何か作戦があるのだろうか?
カーボン:何か考えがあるなら聞くが?
アルは頷くモーションを取ってから大仰にチャットなのにじわじわと語り出した。
アル:まずこのゲームですが
アル:体力ゲージが0になった時にモンスターは死にます
カーボン:? それはそうだが……?
アル:そして体力ゲージは流れるように減っていきますね?
カーボン:ああ、そうだな?
よく分からない、何が言いたいんだ?
アル:つまりダメージを与えてからモンスターが死ぬまでにはタイムラグがあると言うことです!
カーボン:お……おい、まさか……
アル:そうです! 攻撃がヒットしてからHPが0になる間のラグを狙って捕獲アイテムを使用します!
俺は頭が痛くなってきた、タイムラグ? あの一瞬で削れるHPバーが減っている最中を狙う? 正気の沙汰じゃない……
カーボン:どうやってそのタイミングを計る気だよ? アイテムを使うキャスト時間とHPバーが削れる時間じゃ圧倒的に後者の方が早いぞ?
アル:そこはほら、兄妹の絆的なサムシングでなんとか……
カーボン:なるほど、策は無しと……
一応理論としては成立しているが出来るかどうかはまったく別問題だ。あまりにも現実的ではない、策とも言えない策にあきれ果てる。
とりあえずため息のモーションを取っておく。
アル:お兄ちゃん! 私の策に文句があるんですか!? 失礼ですよ?
カーボン:いや、だってさあ……一応言っとくが捕獲数三匹だぞ? 三回その絶望的な狭いタイミングを掴む必要があるんだぞ? 素直に第三者の力を借りた方が……報酬もちゃんと用意できるし……
アル:でもこの程度のクエストで報酬まで払ったら赤字ですよね?
カーボン:いやまあそらそうなんだけどさ……
アル:ちょっと待ってくださいね、マクロを組みます
マクロ、言うまでもない、ある一連の動作をまとめて組み込んだ塊だ。例えば『/cast ハイパーヒール お兄ちゃん』 『お兄ちゃんにハイパーヒール』と二つのコマンドを組み合わせてハイパーヒールを打つ時にチャット欄にその旨が表示されるようにする時などが有名だろう。
アル:チャット欄に流してディレイ2秒で打ち込みますからそれでタイミング計ってください、捕獲アイテムは任せます
カーボン:アイテムの使用にかかるキャスト時間が1秒で、体力ゲージが0になるのが約0.5秒……きわどいな……
実質使用タイミングは0.5秒以下のシビアさだ、正直野良パーティだったらとっくに逃げ出しているであろう無茶苦茶な作戦だった。
カーボン:しゃーないなあ……どうしようもなくなったらクエスト諦めるぞ?
アル:えー! 絶対成功させますって!
開発陣インタビュー曰く『一期一会を大切にして欲しい』とのことで、このシステムの改善予定は無い……というか不具合ではなく仕様というスタンスを取っている。
アル:じゃあお兄ちゃん! いきますよ!
カーボン:はいよ
アル:シールドバッシュを2秒後に発動
発動タイミングの告知が出た、俺は僅かにずらして捕獲用ロープを使用する。野良鹿は暴れて逃げ出し、すぐ後にシールドバッシュで光の粒子になって消えてしまった。
カーボン:やっぱり無理じゃね?
アル:一回くらいで情けないですよ!! もっと練習しましょう!
そうして俺たちはひたすら野良鹿にシールドバッシュを打ち込む瞬間を狙って捕獲を試みた、鹿の素材がインベントリを圧迫するようになってきてようやく二匹を捕まえることに成功した。
アル:どうです! 作戦通りに成功してるでしょう?
カーボン:リアル時間で6時間もかかってなきゃ褒めるんだがなあ……
そう、この自称完璧な作戦をこなすために現在6時間が経過している、繰り返すがゲーム世界の時間ではなくリアルの時間だ。
カーボン:なんでこんな初期のクエストで丸々一日近くかけてんだか……
アル:ほら! ラスト一匹! 頑張っていきますよ!
そう言って応援するモーションを取るアルに、今更引き返せない俺は続くのだった。
中略
そうして更に一ダースくらい鹿の素材がたまってきたところでラスト一匹の捕獲に成功した。
発注元の貴族に届けると、剥製にして飾りたいなどと抜かす貴族だったのでアルも俺も『だったら生死不問にしろよ!』と突っ込んだのは言うまでもないのだった。
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