災害時の裏の現場

月夜桜

地震発生、そして緊急発進

「うーん」

「どうしたんですか、三尉?」

「いや、何か嫌な予感がしてな」

「予感、ですか?」

「ああ。……何も無ければいいんだが」


 ☆★☆★☆


『SILVER1, Runway 24, cleared to land. Wind calm. (シルバーワン、24番滑走路への着陸に支障なし。風は風向不定の微風)』


 待機室に持ち込んだレシーバーを片手に笑いながら昼飯を食べている男達が7人いた。

 彼らは航空自衛隊に所属する、対領空侵犯措置を主任務とする精鋭部隊のメンバーだ。

 今は13時。何故、こんな時間に昼飯を食べているのかと言うと、先程まで出撃していたのだ。


「んぐ。ほんと、あいつらよく毎回毎回、飽きずにやってきますよね」

「目的は俺達がどれだけ早く対応出来るか、という戦略情報収集だな」

「あー、今日はもう、何もなければいいなぁ」


 そんなことを言っているのは、長狭目ながさめ一等空曹だ。

 その上官にあたる宮﨑三等空尉は、何処か浮かない顔をしていた。


「三尉、朝からどうしたんですか?」

「さっきも言ったがな、何か、胸騒ぎがするんだ。こう、なんか、大きな事が起こりそうな──」


 彼がこう言葉を発した瞬間、外の電線に止まっていた烏が一斉に飛び立ち、近くに置いてあったレシーバーからは管制官の緊迫した声が聞こえてきていた。


『All Station, Komatsu Tower!! The Earthquake Early Warning has isued!! The Earthquake Early Warning has isued!! Hold present position immediately!! (小松タワーより全機へ通達! 緊急地震速報が発出された! 緊急地震速報が発出された! 直ちにその場にて停止せよ!)』


 その言葉を聞いた彼らは反射的に机の下へと身を隠す。

 窓ガラスが大きな音を立てて揺れ、机の上に置いてあった飲み物は零れ落ち、彼らの昼飯は床に散乱する。

 それと同時に、運行管理者の机の上に置いてあった赤電話が司令部からの非常通報を報せる。


「はい、此方、小松基地緊急発進司令待機室──」


 運行管理者の男は、机の下から手を伸ばし、身の安全を確保したまま器用に受話器を取り上げた。


『ホットスクランブル! バイパーゼロワン、ゼロツー!』

「ホットスクランブル!! バイパーゼロワン、ゼロツー!!」


 普段であれば、この言葉を聞いた瞬間に走り出すのだが、今は安全の確保が優先される。

 揺れが少し治まってきたのを確認すると直ぐに走り出し、緑色の鉄扉を蹴破りながら格納庫ハンガーの開放ボタンを殴り付ける。

 愛機のF-15J戦闘機に飛び乗り、足で補助動力装置のスイッチを蹴り上げ、シートに座る。

 慣れた手付きで出撃の準備を整え、ハンガー内の表示が【STB】から【SCR】に変化した事を確認して管制に交信する。


「Tower, VIPPER01, Scramble. Request ABO. (タワー、バイパーゼロワン、緊急発進。離陸司令を要請する)」

『バイパーゼロワン、その場にて待機せよ。現在、滑走路誘導路の点検を行っている。ハンガー周りを優先しているため、もう間もなく完了する』

「了解した」


 宮﨑は、タイミング的に考えて、このスクランブルは先程の地震が原因だろうと考える。


『バイパーゼロワン、エービーオーのみ先に伝えるが宜しいか?』

「Go ahead. (どうぞ)」

『VIPPER01, vector 030, angel 30. Contact CHANNEL BRAVO. (バイパーゼロワン、離陸後は30°方向を飛行し、高度3万フィートまで上昇。防空司令所とBチャンネルで交信せよ)』

「030/30/ CHANNEL BRAVO. VIPPER01. (了解)」

『バイパーゼロワン、滑走路に異常なし。Taxi to Runway 24. (24番滑走路まで走行せよ)』

「Taxi to 24. VIPPER01. (了解)」

『VIPPER01, wind calm. Runway 24, cleared for take off. (バイパーゼロワン、風は風向不定の微風。24番滑走路からの離陸に支障なし)』

「Cleared for take off. VIPPER01. (了解)」


 彼らは管制の指示に従い、滑走路に進入。そのまま直ぐに離陸する。

 いつも通りの『グッドラック』という餞別を受け取ってから無線のチャンネルを切り替え、防空司令所と交信する。

 彼らは情報を貰いながら地震発生地点から最寄りの海岸沿いを1万フィートで飛行し、司令へと逐次報告していく。

 所謂、災害スクランブルと呼ばれる措置だ。

 これは、震度5以上、若しくは国民に甚大な被害を与える恐れのある災害が発生した際、30分以内に離陸し、いち早く現場へ到達し、状況を報告する重大な任務である。

 これがあるのとないのとでは、災害救助活動に雲泥の差が生まれる。

 彼らが停電や火災発生──その他様々な情報を報告していたとき、宮﨑は、はたと気が付いた。


「……おい、コントロール。そう言えば、震源は?」

『規模が大きすぎて震源は不明だが、沖合だ』

「──嫌な予感がする。海側を飛行する許可をくれ」

『一体何を?』

「津波だ。この強さ、場所、十中八九、津波が起きている!」

『了解した。Turn right heading 090. (90°へ向けて右旋回せよ)』

「了解」


 宮﨑は己の直観に頼り、司令へ提案を行った。

 許可を貰った宮﨑は、戦闘機の機首を目標針路へと向けて海をじっくりと観察する。

 それは、僚機の長狭目も同じであった。

 そこに、1つの白波を見つける。

 それは長く続き、他の波と比べると一段と高く見えた。

 宮﨑はそれに追随するような形で機体を繰り、羽ばたかせる。


「──っ!? 津波だ!! コントロール、津波が発生している! 赤坂に緊急電を入れろ。この感じだと……45分。早くても45分後には海岸に到達しているものと思われる!」

『その情報に間違いはないか?』

「元船乗りの俺が間違えるわけないだろうッ! チィッ、燃料が足りねぇ、この燃料バカ食い娘が! Control, Fuel BINGO!! RTB!! (コントロール、燃料が帰投可能最低量に到達した! 帰投する!)」

『スタンバイ、小松と調整中』


 宮﨑は、今まで感じていた胸騒ぎの正体はこれだったのか、と思う。

 元来、動物には危機回避本能が備わっているとされる。

 だが、人間は食物連鎖の頂点に立ったことによって、その危機回避本能が薄れつつある。

 しかし、中には、その危機回避本能が人一倍強い──つまり、野生動物と同じように直観が働く人間も一定数いるのだ。

 それが、彼だったのだ。


『バイパーゼロワン、小松では貴隊を受け入れることが出来ない。よって、横田基地へ誘導する』

「どういうことだ!」

『現在、羽田成田等の大規模空港では空港設備の総点検を行っている。そのため、着陸出来ない機体を他の空港の滑走路、誘導路、全てを使って着陸させている。貴隊が小松に着く頃には既に小松のランウェイはクローズしている計算だ。よって、横田と話し合った結果、民間機を数機、近くの上空に留まっている自衛隊機の殆どを受け入れることとなった』

「了解した。誘導してくれ」

『了解──』


 こうして、彼らは帰投した。

 横田基地へ着陸した後、テレビを見た彼らはそこに映っていた光景に目を奪われた。

 彼らが報告した津波。

 それが陸を襲い、車や人、家が流される光景。

 彼らの脳裏にそれらが焼き付き、今も離れないという。

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災害時の裏の現場 月夜桜 @sakura_tuskiyo

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