不憫な領主様のその後の話(2)

 フェリシアの祭日が終わり、サディアスとティナが王都に帰るとほどなくして、二人の婚約が発表された。 

 その知らせに急かされたのか、うちの屋敷には連日、多くの貴族家から便りや釣り書きが届いている。


 男にしか興味が無いと言っていたハルフォード公爵家の三男坊の結婚はそれほどまでに衝撃的だったらしい。

 どの貴族家も早く娘の嫁ぎ先を押さえてしまいたいようで、血眼になって相手を探しているそうだ。


 そんな他家の動向に影響されたのか、執事頭は毎朝俺の顔を見るなり「旦那様もそろそと身を固めてくださいませ」なんて言うようになってきた。

 おまけに届いた釣り書きを朝食の席に持って来てはお勧めしてくる始末。

 おかげでここ数日の朝食は食べた気がしない。

 他の使用人たちも釣り書きを目につく場所に置いてさりげなく結婚を勧めてくるものだから取り付く島もない。


 ブラックウェル家の今後のことを思うと独り身ではいけないとわかってはいるが、ティナへの気持ちがまだ消えていないまま伴侶を決めるのは気が引けた。


 しかしそれはあくまで俺の事情なだけであって、早く婚約者を捕まえねばと焦燥に駆れた貴族家は、こともあろうに令嬢たちをフローレスに送り付けてくる。


「旦那様、ハーバー家のケイシー様がお見えになりましたが……先ぶれもないので帰っていただきましょうか?」

「ああ、そうしてくれ。俺はしばらく街を見てくる」


 つい先週も先ぶれなくやって来た令嬢が屋敷の前を陣取ったせいで相談事に来た市長が屋敷に入れず困っていたところだ。

 

 フローレスの領民は俺の守るべき人たちで、そんな彼らのことを考えられないような人を伴侶に選ぶつもりは毛頭無い。


「ジェフリー様! いらっしゃるんでしょう?! どうかわたくしの話を聞いてくださいませっ!」

「うげっ……」


 門の外にいるはずのケイシー嬢の声が執務室にまで聞こえてくる。


 ここで顔を見せたら延々と居座られてしまうのは経験済みだ。

 執事たちが制止している間にいつもの外套を着て、逃げるように裏口から出た。


     ◇


「あら、領主様。こんなところで何をしているの?」


 目抜き通りを過ぎて静かな川沿いに差し掛かると、大きな藤籠を手にもつアビーさんと出会った。

 相変わらず変装していてもアビーさんには見抜かれてしまうらしい。


「厄介な客から逃げているところかな」

「あらまあ。領主様も大変ね」

「アビーさんはこれからどこかに行くのか? お店は休み?」

「ええ。定休日だし森に薬草を採りに行くのよ」

「休みとは……?」


 店を切り盛りしつつ薬師として薬を作っているアビーさんからすると、薬草採集もまた仕事の内なのではないのか。

 しかしアビーさんは森に行くのが好きだから休みの内に入るらしい。


「領主様も一緒に森に行く? 気分転換にもなっていいわよ」


 よほど森に行くのが好きなのか、浮き立つ表情のアビーさんはいつになくあどけなく見えて目が離せなかった。


「……ああ、俺も一緒に行きたい」

「よし、出発よ!」


 道すがら、フェリシアさんやティナたちの話をしているうちに森が見える。

 するとアビーさんは榛色の瞳を忙しなく動かして薬草探しを開始した。


 森の中は緑一色で、俺からするとどの草も同じものに見えるのだが、アビーさんは器用に見分けては摘んでいく。

 どこに何が生えているのかは大体把握しているようで、迷いなく森の中を歩く姿は頼もしい。


 そんなアビーさんを見ていると、不意に口元に木苺を押し付けられる。

 驚いてアビーさんの顔を見れば目を輝かせてこちらを見ていて、「これはよく熟しているから甘いわよ!」なんて言っている。


「ほらほら、さっさと食べなさい。新鮮なうちが美味しいんだから」

「え?」


 躊躇いつつ口を開けるとアビーさんが木苺を放り込んでくれた。


「……街で売ってるのよりも甘みがあるけど癖がなくて美味しい」

「でしょ? やっぱり子どもは森の木苺が好きね」

「子ども……」


 自分と年が変わらないような容姿をしている彼女に子ども扱いをされると、胸の内にもやがかかる。


「いや、俺は成人してるし領主をしているんだから子どもじゃないぞ?」

「え~? そう言われても、領主様はティナくらいの年なんだし、私から見たら子どもだわ。むしろ孫くらいよね。ほら、森で迷子にならないように手を繋ぐわよ」

「繋がない」

「なによ。反抗期なの?」


 アビーさんは眦を釣り上げて睨みつけてくるけれど、ややあってふっとその表情を崩して微笑んだ。

 

「冗談よ。久しぶりに人と一緒に森に入ったからはしゃいでしまったわ。ごめんなさいね」


 どこか寂し気な眼差しに、言葉が詰まってしまう。


「ティナと森に行く約束をしていたの。楽しみにしていたけれど、叶わなかったわ」

「サディアスがさっさと連れて帰ってしまったもんな」


 アビーさんは自嘲気味に口元を歪めると、首を横に振った。


「私ね、弟子たちに甘えていたのよね。彼女たちには彼女たちの人生があるのに、自分の娘なんて言って独り占めしようとしていたんだわ。あの子たちを困らせてしまっていたわね」

「さあ、どうなんだろ。ティナは喜んでいたけど」

「そうならいいけれど……でも、女神さまは許してくれなかったわ。また騎士に盗られてしまったのはきっと、私への戒めね。仕事に逃げて結婚しなかったくせに、寂しがって弟子たちを家族の代わりにしようとしていたんだもの」


 ぽつぽつと喋っていたアビーさんは、話し過ぎたと思ったのか口を噤む。

 まるで自分を叱咤するかの如く両手で頬を叩いて背筋を伸ばした。


「領主様、せっかくの息抜きなのに愚痴を聞いてくれてありがとう」

「……いや、領民の役に立てたのならよかったよ」

「相変わらずお人好しね。もっと自分の気持ちに自由になった方がいいんじゃない?」

「自分の気持ち、か」


 そんな風に言ってもらえるのはいつぶりだろうか。

 前はガキの頃だった。

 兄上が頭を撫でてくれながらそう言ってくれたのを今でも覚えている。


 あの当時の俺は兄上に勝ちたくて、その言葉を素直に受け入れられなかったけれど。


「かと言って、あのオネエみたいになられるのは困るけど」

「さすがに俺もサディアスのようにはなりたくないな」

「ふふ、領主様がそう言うのなら安心ね」

 

 それから二人で夕方になるまで森を散策し、街に戻った。

 アビーさんを店まで送り届けて、閉まる扉に名残惜しさを覚える。


 また一緒に森に行きたい。

 そんな欲望が知らずの内に生まれてしまい、苦笑した。


 アビーさんが家族を求めるのと同じように、俺もまた、心のどこかでは側にいてくれる誰かを求めているのかもしれない。


 そう思い至った時、不意に頭の中を過る自分の考えに気付き、溜息をついた。

 

「領民に対して変な感情を抱くなよ」


 自分を諫めて帰路についたというのに、部屋に戻りティナとサディアスからの結婚式の招待状を眺めているとふと思う。 


 アビーさんも、ティナたちの結婚式に行くのだろうかと。


 苦笑して招待状を机の上に置くと、アビーさんからもらった回復薬の瓶が視界の端に映った。


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