第39話

 僕は自分以外何も見えない場所にいて、パイプ椅子に座っている。


 人によって欲の重さは違う。


 渡利は自らとその仲間を守るために、私財と渡利自身を犠牲にした。


 それは守りたいという欲からきている。それが正しいかどうかはさておき、彼はしたいことがちゃんとあった。


 僕は?


 僕には何がある?

 何もない、人に頼りきって生きてきたからだ。


※ ※ ※ ※ ※



Take1


登校中


更科夏樹「なあ椎名、今日お前の家行っていい?」


椎名照葉「いいぜ、あと橘もくるけどいいよな」


更科夏樹「うん」


ここで更科が人にぶつかる。


???「わ!」


更科夏樹「痛て、すみません……て咲か」


櫻花咲「あ、夏樹、と椎名。おはよう!」


七夕忍「おっはー!」


岸水葵「お、おはよう。いい天気だね?」


画面が切り替わり学校に。


椎名照葉「今日の時間割大分いいよなあ」


更科夏樹「本当助かる、お前に宿題見せなくてもいいしな」


椎名照葉「うっせ、別に宿題くらい良くねえか?」


更科夏樹「それは僕のセリフだ」



Take2


とある日の昼休み


更科夏樹「なあ照葉、次の日曜凌士も誘って……」


櫻花咲「あー!私との約束忘れられてる!」


更科夏樹「という訳で今のは冗談だ。悪いな照葉」


椎名照葉「嘘つけ、今ガチで忘れてただろ」


七夕忍「何の話ー?」


椎名照葉「うお!?なんだ忍か、小さくて見えなかった」


七夕忍「なんだとはなんだ。小さいとはなんだ」


櫻花咲「あ!いいこと思いついちゃった。私たち(櫻花・椎名)とあなた達(七夕・椎名)とでWデートしない!?」



Take3


橘の家にて


更科夏樹「やばい、今回のテスト何にも勉強してない」


橘凌士「ぬはははは!まだまだだねえ、俺は今回も学年トップを目指すよ!」


更科夏樹「ちぇ、僕だって本気を出せば……」


橘凌士「学年でもドベな君がいくら頑張っても俺には勝てないね」


橘陽菜たちばなひな「お兄ちゃん!人を馬鹿にしたら駄目だよ!それに普段はお兄ちゃんより賢いし落ち着いてる」


橘凌士「妹よ、言うようになったな」


※ ※ ※ ※ ※


 再び世界が暗転する。僕は相変わらずパイプ椅子に座っている。立ち上がろうとも体が動かない。


 声も満足に発することができない。かすれた声にもならない雑音しか出せない。


「どうだった?今の世界は?」


 映画のようだった。身近なドキュメンタリーを垂れ流しにしてみているような気分だった。


 僕は声が出せないので、せめて心の中でそう後ろの誰かに言った。


「そう、でも気分は悪い?」


 いや、悪くは無い。むしろすっきりした気分だよ。


 すると僕の見える世界が切り替わった。一昔前の映画のように、鋭いノイズが入り混じり、今度は学校の教室だった。


 僕は自分の席に座り、は僕の後ろにいた。体はまだ動かせない。


「今のはありえた世界、もしかしたらの世界、ifの世界。確かにあれはあなたの気分は救えるかもしれない。でも心までは救えない」


 僕の心までは救えない。


 その言い方だと僕は誰かに助けを求めてるように聞こえる。


「そうだよ、あなたは助けを求めてる。でも体がそれを制してる。不思議よね、苦しいだけの時間だけが過ぎていくのに、有意義な時間と言うのは一瞬。理不尽だよ」


 本当にそうだ。僕にとっては櫻花と一緒にいたときと、岸水たちと一緒にいたときだけが楽しかった。


 それ以外の時間など、あってないようなものだった。


「だからそれが助けて欲しいと思う心の根源でしょ。大丈夫、今ならだれも気にせずあなたの心を打ち明けられる」


 無理だよ、声が出せない。それに僕は助けなんて無くても大丈夫……。


「それはあなたが自分で自分を縛り付けてるんだよ。自分に何回も何回もそう思い込ませてきた呪い。だから動けないし声も出ない」


 なら僕はどうすればいい?


「簡単な話よ、


 僕の本心。そんなものはとうに決まっている。


 それはこのまま何事も無く人生を終える事だ。


 そう思って口にしようにも声が出なかった。ああ、これも僕が自分を縛り付けてきた鎖か。


 僕は何度も声を出そうとした。でも声が出ない、動けない、怖い。


 だから僕は。昔みたいに苦しい時は素直にそう言えるような頃に。


「……なんで……なんで僕より先に死んだりなんかしたんだよ、馬鹿野郎!」


 自然と僕の口は空いていて、声も自然と出ていた。でも一つだけ自分の意志とはかけ離れた行動をとっていた。


 涙だ、もうどうしようもなく流れて、止めることができなかった。


「僕はただ誰かに認められたかっただけなんだ!ここにいて良いって、そんなふうに言われるような場所。僕はそんな場所が欲しかった」


 後ろからは声が聞こえない。静かに聞いているのかどうなのか。


「でも現実は違った。お前がいなくなってから僕はずっと苦しかった、寂しかった。考えられるか!?僕以外の人間全員が敵になった日々を!?毎日毎日心のないような言葉を投げつけられる日々、それがどれだけ恐ろしいか考えたことがあんのかよ!」


「……ごめんね」


「……でも僕も悪かったんだ。僕がみんなに責任を押し付けて逃げたんだ、だから罰が当たった。だから僕は何も望まないようにしたんだ」


「それは嘘じゃない、でも本音じゃない。したいこと、あるでしょ」


「……こんな時にしか言えないからいいか。うん、僕にもしたいことがあった。なあ咲」


 僕は後ろを振り向く。そこにはあの頃と変わらない彼女がいて、変らない温かな笑みを浮かべていた。


「あの日、君がいなくなった日。僕は、君に好きだって言いたかったんだ」


 すると僕は自然と涙が収まっていることに気が付いた。


「やっと言ってくれた。私の名前を面と向かって言ってくれたこと。好きだって言ってくれたこと。すごく幸せだな」


 咲はそう言うと、温かな笑みから、幸せそうな笑みへと表情を変化させた。


 きっと僕以外には分からない咲の変化だ。


「たまに病室で私の名前呼んでくれてたでしょ。やっぱり後ろめたさはあったの?」


 僕にとって名前は、唯一人と人との関係を分ける物だった。だから簡単に人の名前を呼ぶことはできなかった。


 教室の風景にヒビが入る。


「まあね、でもやっぱりそれじゃ心は満たされなかった。あそこに咲はいない、櫻花咲はもう


 ガラスが割れるような音を立て、ヒビが大きくなっていく。


「そ。でもいいの?」


 教室の風景の約七割がヒビによって割れていく。


 質問の内容はもう聞かなくてもわかる。


「うん、もういいんだ。だから、ありがとう」


 そう言った直後、僕のいた世界は崩壊した。


※ ※ ※ ※ ※


 目を開けると、そこは何度も見た病室。目の前のベッドには、変らず咲が眠っていた。


 僕はベッドから離れ、徐々に熱くなってきた部屋の中で、シャーペンと紙を取り出した。


 それに僕は<遺書>と書く。


 内容を少し考えたが、やはりこの言葉に尽きる、と思った言葉を書いた。


 近くにあった花の入っていない乾いた花瓶を手に取ると、その中に遺書と僕のスマホを入れる。スマホの画面には、録音と書かれた付箋を貼った。


 煙が立ち込めてくる。もう部屋の前も炎で埋め尽くされている頃だろう。


 遺書などを花瓶に入れたのは、これを窓から落とし、燃えないように下まで届けるためだ。


 スマホの番号は親が知っているので問題は無い。それにここは6階だ、多少割れたりするだけで、内容ごと壊れることは無いだろう。


 僕は窓に近づき、花瓶を外に投げつけた。警察の規制内範囲なので誰かに当たる心配もない。


 仕事を終えた後、僕は壁にもたれかかるようにして座り込んだ。もうじき僕は炎の煙によって死ぬだろう。


 でも不思議と怖くは無かった。


「これで僕の物語は完結する」


 誰に言ったのかも分からないその声は、炎の病院を焼く音でかき消されていった。


※ ※ ※ ※ ※


 椎名、七夕、そして少しおくれて来た岸水が集まった。


「病院が……燃えてます……」


 その時、近くで何かが割れる音がした。そう遠くないどこかでその音が響いた。


 三人は顔を見合わせると、その方向へ走って行った。


 音の方に走ってきたが、特に何もないように見えた。だが不自然な場所に割れた花瓶が落ちてあった。


 音の原因は、割れた花瓶のようで、近くには中に入ってあったであろう割れたスマホなどが落ちていた。


 だが真っ先に三人の目線に留まったのは、遺書と書かれた白い紙だった。


 嫌な予感がした三人はその紙を開く。そこにはこう書かれてあった。



<遺書>


もしも僕が神様だったのなら、僕は何もせずにこの世界を続けていたと思う。神様がいないというのもあながち間違っていないのだろう。


僕の人生はみんなに会えた時に終わっていた。


更科夏樹



 三人は初め何が書かれてあるのかが分からなかった。遺書にしては内容が無さすぎるし、意味も良く分からない。


 だが少しして、岸水が嗚咽を漏らし始めた。


「う、うわああああああああああああああああああああああああ!」


 この三人の中で、その時岸水だけが泣きわめき、この文章の意味が分かったのも、おそらく岸水だけだったのだろう。

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