第33話
「あの枕元にあった小説、昔僕が教えたやつだろ?」
「……正解です。思い出してくれたんですね」
「まあ、な。自分の好きなものは忘れないよ」
再びの静寂。遠くで木々がざわめく音がした。その音が聞こえるほどに、辺りは静かだった。
「初恋だって言った理由、分かりました?」
「鈍感な奴を羨ましいって思うほどには。さすがに正確には分からないけど、でも僕はいつも人を見てた。だから何となくは、だ」
「十分です。やっぱり更科君はさすがです」
今のは純粋に僕を褒めたのだろうか。それとも皮肉だろうか。きっと正解は分からない。
「更科君」
ひんやりとした風が僕の頬を吹き抜けた。前髪を揺らし、僕の心をざわつかせた。
「もう一度恋をしていいですか?」
岸水と星を見るのは、今日で最初で最後となった。
※ ※ ※ ※ ※
はっとして僕は目覚める。まぶしい朝日が目を焼く。
徐々に意識が体に定着していくのが感じられた。
隣の布団から小さな寝息が聞こえる。寝息の主は岸水だ。枕とペンギンのぬいぐるみにしがみつき、布団を深くかぶっている。
昨日はあの後、お互いに気まずくなり、一言も発すことなく岸水の屋敷に帰った。布団の件についてはすっかり忘れていた。
一番無難なのは僕が罰の部屋で寝る事なのだが、帰った時間は夜遅く、宴会組はもう寝入ってしまっている様子だった。
もちろん余計な気遣いのおかげで、僕たちが外に出ていることには気づいていないようだった。
なので誰かに別の部屋を用意してもらうことはできない。仕方なく岸水にどこか別の部屋を用意してもらおうと思ったが、いつの間にか布団の中で寝息を立てていた。
もうどうしようもないので、せめてもの心遣いで布団を離して寝ることにしたのだ。
でいつの間にか寝て起きて今に至るということだ。
岸水はいつもくくっている髪を下ろしているので、雰囲気が違って見える。
岸水を起こさないようにそっと布団から起き上がろうとするが、何かに引っかかって起き上がれない。
ん……?
僕は違和感のある自分の左腕を見てみる。
うん、珍しすぎるラブコメみたいな展開だ。岸水の右腕が僕の左腕のそでを握っていた。
寝ているので無意識なのだろうが、何気にドキドキした。。一応僕も男子高生だ、不可抗力だ。
引きはがすのも惜しかったので、二度寝しようかと布団にもぐりこんだ。だが次の瞬間、
「……ふわー。ん、おはようございます」
「お、おはよう……」
昨日岸水が寝てから用意したので、隣で寝たことにてっきり怒るかと思っていたが、その様子は無い。
だが岸水は、僕の裾を掴んでいるのを見て、顔を赤く染めていった。
「へあ!?す、すみません!」
岸水はパッと手を引くと、後ろに座ったまま下がった。が、そのまま布団に引っかかり、後ろに転倒した。
「うう、すみません。朝からホントすみません……」
僕たちは布団をたたみ終えると、昨日の大部屋へ向かった。今日も朝起きてからほとんど話していない。
昨日とは違う理由なのは、岸水の表情をみてはっきりしている。
「おはようございます」
僕と岸水は、先に部屋で待っていた岸水祖父にあいさつをする。
「おお、おはよう。多分もう少しで朝飯が出て来るから適当に座ってろ」
僕は昨日座っていた場所に座る。岸水は僕の体面に座った。
他の人たちはまだ寝ているようだ。
「そうだ、更科君。朝飯を食べ終わったら儂の部屋に来てくれんか?話がしたい」
「はい。あ、部屋はどこにありますか?」
「儂も一緒に行くから安心せい」
話を一区切りつけたとき、丁度朝飯が運ばれてきた。運んでくれた人は康子さんではない人だった。
確か昨日は料理を作っていた人だったような気がする。
朝のメニューは基本和食で、僕と岸水には野菜ジュースが注がれた。
料理はとてもおいしく、お店で出てきても誰も疑わないレベルだった。
僕は出されたものを全て食べると、岸水の祖父が食べ終わるのを待った。僕が食べ終わってから数分後、岸水の祖父が食べ終えると、
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
岸水祖父は目で僕に合図を送ったので、僕も彼について行く。岸水はまだ食べ終わっていなかったので、僕は声をかけずにその場を後にした。
岸水祖父の部屋に着いた。中には本棚があり、たくさんの本が入れられていた。
「まあ座れ」
岸水祖父は座布団を二つ引っ張り出すと、僕に一つを渡した。彼は座布団をすぐに敷き、僕も同じタイミングで敷いて座った。
「……まず聞きたいんだが、葵ちゃんは学校でどうじゃ?仲のいい友達はいるのか?」
その質問を僕にぶつける理由は安易に分かった。彼女は人と自分との間に壁を作る。
彼女自身に聞いても、その答えが正しいかどうかは分からない。だから第三者視点である僕に聞いたのだろう。
「ええ、仲良くさせてもらってるのは僕だけじゃないですよ。確かに友達が多い方かと言われると分かりません。が、きっと信頼し合える友達はいますよ」
僕の返答に、彼は安堵したような表情を浮かべた。きっと自分の孫を心配していたのだ。
岸水自身も言っていたように、祖父とは長い時間一緒にいたらしい。なら心配なのも分かる。
「儂は君が気に入った!儂の勘だと、君は目的のためなら自分すら犠牲にするタイプだろ?」
「!?」
僕は岸水祖父を侮っていた。
彼は僕の何倍も人生を渡り歩いているんだぞ?油断なんてしていいはずがない。
僕は薄っぺらい嘘がバレていることが、今の一言で全てわかってしまったのだ。
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