第8話
「面白くねえな、帰るぞ」
二人は俺に背を向けて屋上から帰ろうとする。
「お前らが俺と一緒にいたのもただなんかあった時の戦力、としてだろ?情けねえな、恥ずかしくねえの?」
「黙れ、俺たちと一緒にいた時点でお前も同罪なんだよ。善人気取ってんじゃねえ、お前こそよくあいつと一緒にいれるな。恥ずかしくねえの」
二人は俺をじっと睨むとそう吐き捨てる。
「確かに俺は善人じゃねーし頭も良くない、おまけにクズだ。それでもわかることがある、それはなあ、お前らが弱すぎるってことだ」
「あ?」
「あのなあ、お前らと同じ様なことをあいつに言ったんだよ。そしたらあいつなにしたか分かるか?俺と殴り合ったんだよ。それも自分の意見付きでな。でもお前らはそうじゃない、話し合おうともせず唯々逃げるだけ。ほら、お前らあいつに何も勝ててねえじゃん。勉強もあいつに勝ててねえしさ、あいつをいじめられる要素がどこにお前らにあるんだよ!」
俺は拳を力いっぱい握り、二人にも負けないほどに睨み返す。
そうだ、あいつは弱くない。ただ弱くさせてるのはお前らだろうが。
「ちっ、行くぞ」
二人は今度こそ乱暴にドアを開けていってしまった。
少しでもあいつらのこころに何かをもたらしてくれれば、今の時間も意義のある物になっただろう。だが予想ではなんにも意味がなかったように思う。
それほどに他人の言葉というのは案外響きにくい。それも俺みたいにただ貶すだけだと余計に、だ。
だが何度も言うように俺はしたいことをして生きている。今日のも俺がしたかったからしたまでだ。
誰かにしろと言われたからじゃない。
俺は静かにある人を思い出した。一年前に空に旅立っていったある人だ。
※ ※ ※ ※ ※
「照葉は将来何になりたい?」
俺は近所の公園から家への帰り、母さんにそう聞かれた。
なにせずいぶん小さくて母さんも元気だったころの話だ。内容は小さい子が話すような曖昧なものだ。
「人を守る仕事がしたい!」
「お、良いねー。例えばどんなこと?」
話はそこで終わると思っていたので、当時の俺は少し戸惑った。言葉のレパートリーがないからだ。
「おまわりさん、とか」
「そっか、でもねえ、人を守る仕事はおまわりさんだけじゃないんだよ」
「そうなの?」
「うん。例えばスーパーの店員さん。あのひともママたちの生活を守ってる。数えだしたらきりがないくらいの人に守られてる」
すると母さんは俺の前で急に立ち止まると、中腰で目線を合わせる。そして俺の肩に右手を置く。
「だからさ、照葉。いつか誰かが困ってたりしたら助けてあげてほしい。守ってあげてほしい。自分がどんな立場だったとしてもね。きっと全部が全部うまくいくわけでは無いだろうし、きっと自分が困るときだってあると思う。そんな時に助けた人、守ってあげた人が今度は自分を助けてくれる。だから……」
母さんは右手を外すと微笑んだ。
「優しい人になって」
「……あ、うん!」
俺はそう答えた。この時から母さんは自分の持病のことを知っていたのだろうか。おそらくもう自分が俺の将来を見ることができないと悟って話したのだろう。
まだ小さかった俺にこんな話をしたのもきっとそんな意味があったのだろう。
それから何年かして、俺が中学に上がった時に母さんは病院で入院で入院生活をすることになった。
母さんの病気のことは知っていたので、覚悟はできていたものの、やっぱり不安だった。
このままお別れすることになるのではないか。そんな不安が一気に押し寄せた。
入院とは言っても、寝たきりの生活ではなかったので、週に何回も病院に通った。いつも心配をかけまいと笑っていた母さんだったが、日に日に体はやせ細っていった。
そんな時俺は初恋をした。同じクラスの櫻花咲という人物だ。
彼女の優しい笑みや、温かな雰囲気が好きだった。
でも彼女には彼氏がいた。
別にそれ自体は何とも思っていなかった。彼女が幸せなら、俺がそれに関して口をはさむことはしない。
でも単純に興味があった。一体その彼氏というのは誰なのか。きっと頼りになる人なのだろう。
だが初めてその彼氏という人物に会った時の第一印象は、どう見ても守られる側だった。
あまり中心にいるような人物でもなければ、ずっとへらへらしてるような、俺が一番嫌いなタイプだった。
どうしてあいつが。
その一言しか出てこなかった。悔しいが、どう見ても櫻花も嫌々付き合っているようには見えなかった。
唯一それだけが俺の心を止めて置ける枷となった。
でもある時、櫻花はいなくなってしまった。陽だまりのような笑顔は、クラスから消えうせてしまった。
俺の怒りの矛先は瞬時に彼氏へと向かった。結局守れていないじゃないか。
俺だったらこんなことにはならなかった。そんな思いがぐるぐると脳の隅々まで回った。
でも俺も告白する勇気がなかった。それも守れなかったことと同意義だということを結論にした。
そして元彼氏もそれを機に変わった。悪い方に。
何をするにも無気力で、世の中で一番不幸だというような顔をしている。腹が立った。
お前さえしっかりしていればこんなことにはならなかったはずだ、そう彼を心の中で攻めた。
高校に上がってからすぐ母さんが死んだ。最期、母さんは俺の手を握ってこういった。
「守る優しい人になって」
と。
そして俺は高校生活が始まった。何の因果か、あいつとは三年間一緒のクラスだった。
相変わらず死んだような眼をしているあいつが嫌いだった。案の定あいつはクラスから浮いていた。
でもこのままでは守る人、優しい人ではない。
だから俺はあの時出せなかった勇気を出した。
放課後、あいつを追いかけ、いらだちを込めて声をかけた。
「おい、ちょっと付き合えよ」
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