ひな人形

100物語を思い出し、薄気味悪くなってやめようかと思っていたが、

ラブコールをいただいたので踏みとどまりました。

考えてみると、面白おかしい話も混じってますし、

怪談ばかりではなく奇談もあるし、珍談もあるってことで、

百物語とはまた別ものだろ?と自分に言い聞かせて納得させた。


という訳で今回はひな人形のお話。


某大型デパートでアルバイトをしていた頃、

そこは接客できれば色んな売り場のフォローを頼まれた。

3月のひな人形の販売コーナーに期間中スタッフとして配属され、

掃除したり販売したりをしていたのですが・・・


ある日の事、家が近いから来て欲しい、買ったけど組み立て方が分からないので、

と言う問い合わせがあった、今日はプロの販売員さんがお休みで明日にならないか

尋ねたが、どうしても・・・との事だった。


店長に確認すると、すまないが行ってきてくれと言う。

しかもひな壇は大型のフルセット五段。

独りで組み立てるのはなかなかしんどい代物だ。

私は1人アルバイトの男の子を連れていく事にした。


その家にお伺いすると、もうお孫さん家族が来ており、大歓迎された。

『きたきた!すまないね無理言って、孫が楽しみにしてて』

とお爺さんが笑顔で私を引き入れた。


『いえいえ、こちらこそ団欒中にすみません』


『ちっす!』


『こら、ちゃんと挨拶なさい』


アルバイトは挨拶もろくに出来ない奴だったが、独りよりはマシ。

早速作業に取り掛かると、なるほど組み立て作業はよくやってくれる。

ひな壇が完成したので真っ赤な布を敷き、準備を進める。


『ここに五人囃子出して並べて』


そう指示して私は三人官女を準備した。


『こっすか?』


振り向くと五人囃子の楽器がめちゃくちゃだった。


『ちょ!』


『武器ないんすか、槍とか刀とか』


こいつ何言ってんだ・・・

あーもう楽器は楽器とか箱が分けられているのにぐちゃぐちゃで

訳が分からなくなったじゃないか・・・

後ろには興味津々の両親と、楽しみでワクワクするお孫さん。

無言の重圧で押しつぶされそうだった・・・


頭が真っ白で配置が思い出せなくなってしまい、

謝ろうと思った時、お婆ちゃんが横に来て

『左から太鼓、大鼓、小鼓、笛、扇と並ぶ五人囃子が私は好きでね…』

と呟いたのです。


『左から太鼓、大鼓、小鼓、笛、扇でしたね』


と繰り返すとニッコリ笑って『そうそう』と言った。

それで私は全ての配置を思い出し、アホなアルバイトが

コーラ貰って飲んでる間に完成する事が出来た。


お婆ちゃんのナイスパスに本当に助けられました。

帰りにお婆ちゃんに『教えてくれてありがとう』と耳元で言ったのですが、

『ん?なにが?』と言って笑っていた。


玄関までその家のご主人が見送ってくれて、私に

『祖母は何か言ったのですか?』と聞くので

正直に『五人囃子の並びを教えてくれたんですよ』と答えたのですが、

ご主人は顔を曇らせながら・・・


『あの、祖母は昔から口がきけないんですが・・・』と言った。


5秒ほどの沈黙が恐ろしかったのを今でも覚えている。

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