ゼンマイヘアーの君
絵空こそら
ゼンマイヘアーの君
毛根がイカレている。そうとしか思えない。
今まで伸びすぎず短すぎずをキープしていた俺のヘアースタイルは、ちょっとウトウトした一瞬の間に、駆け出しの理髪師の手によってベリーショートにされていた。ベリーショートときいて、ジーン・セバーグを連想した人々には申し訳がない。言い方が悪かった。これはベリショというよりもパンチパーマである。頭からゼンマイがにょきにょき生えているかのごとしである。ワックスをつけてみても全然歯が立たないし、ヘアーアイロンやらパーマネントやらをかけようにも短すぎて手の施しようがない。もうちょっと伸びるまで、俺はこのゼンマイヘアーを貫くしかないわけである。
天パが炸裂している俺の頭を、一人だけ気に入っている人物がいる。クラスメイトの野田さんである。野田さんは俺がこのヘアースタイルで登校するなり、目を丸くして近寄ってきては、観察しだした。
「いめちぇんかい」
イメチェンという言葉が彼女には似合わない。もっと小難しい言葉でなければ。気分転換、印象改変、とか、四文字熟語でなければ。
「いいものだなあ。直観力が鍛えられそうなヘアースタイルだ」
感心したように言う野田さんの髪はさらさらストレートである。どこからどう見ても、直観力のありそうなのはこっちである。俺のはあちこちで思考がショートしていそうである。
「君は髪の毛とひらめきの関係を信じるかい?」
彼女はご自慢のロングヘアーをひと房引っ張りながらきいた。
「髪は人体において非常に不思議な部分だと思わないか。大体の体毛は処理されてしまうものだが、髪は堂々と晒しておける。これはひとえに、脳を守る機能が最重要と考えられているからに他ならない。毛髪に痛覚はないが、皮膚と骨各一枚を隔てて脳と繋がっているわけだろう。よって、その形質が思考に関係すると考えても、なんらおかしいことはない」
言われてみればそんな気もする。今まで髪の毛に関連することなど、天パの悩みか、将来父親に似て禿げないか否かくらいしか、考えたことがなかった。
「直線の思考は、冗長だね。A→B→Cという発想は実に退屈だ。それに比べて君はどうだ。曲線だ。美しい。AからいきなりZ、まるでスノーボードの選手が宙で一回転するような、快刀乱麻を断つような発想が生まれるに違いない。よし決めた。私も真似をしよう」
そう言って、翌日本当にパーマをかけて登校してきた。生徒指導室に連行されていく姿を見て俺は申し訳ない思いでいっぱいになったものだが、彼女はどこ吹く風で「おそろにしてしまった」などと宣った。やはり彼女に略語は似合わないと思った。
そして本当に彼女はこの日から冴えた。冴えに冴えまくった。テストで満点を次々叩き出し、弓道部の大会でも皆中を連発し、クラスの女子グループの派閥争いを解消し、卒業式の答辞では全校生徒、教師、保護者、通りすがりのおっちゃん全員の号泣を誘った。
かくして彼女は都立の名門大学に、俺は地元のあまり名の知られていない大学に進学した。卒業式に号泣した時以来、彼女と連絡をとったことはない。
彼女は国会議員になった。たまにニュースで見かける。その髪型はいつ見てもあのゼンマイヘアーである。俺に特段効果を与えなかったこの形状は、彼女の明晰な頭脳に今でも驚くべき効能を発揮しているようである。
彼女が髪を切ってからというもの、俺もこのぐるぐるヘアーを維持し続けてきた。手入れの時間が半端に伸ばしていた時よりも大幅に短縮され、なにより視界もさっぱりとした。時には「野田の真似してんじゃねー!」と罵声を浴びせられることもあったし、やはり初めて会った人はぎょっとするようだったが、そのままの姿でいれば案外受け入れられるものである。また、自分の脳に影響せずとも、この形状が誰かに何らかのインスピレーションを与えることがあるのやもしれない。そうした期待から、今日も彼女と「おそろ」のゼンマイヘアーを保ち続けるのである。
ゼンマイヘアーの君 絵空こそら @hiidurutokorono
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