第8話

「それから、騎士団に救出されて治療を受けた。

 顔の火傷は目立たないまで治ったが、怪我をしていた上に、更に火傷を負った左目は完全に光を失っていた。

 でも、それで良かった。もし無傷で帰還していたら父上に何と言われるかわかったものじゃなかったからな」


 戦争から数年後、侯爵様のお父様は、病気で他界された。

 隻眼となったことで騎士としての未来は閉ざされたが、その代わりとして、侯爵様はその跡を継いで、オステオン侯爵となったのだった。


「今でも、あの時の火に包まれた兄上が目の前にいる様な錯覚を覚えるんだ。

 どうして助けてくれなかったのかと、責められている気がした」

「そんな事はありません! 戦争はもう終わったんです。七年も前に……」

「そうだ。だから、目の前にいるのは兄上の幻覚だと自分に言い聞かせてきた。

 骨を見ている時だけは、兄上を忘れられた」


 侯爵様は近くにあった馬の骨格標本に触れた。


「人骨を入手するのは、国の法律で禁止されている。けれども、人骨を入手出来なくても、等身大の人骨をスケッチして、それを飾れたのなら、私は兄上の幻覚から逃れられるような気がしていた」


 侯爵様は眼帯を外すと、光を失った瞳ごと、わたしを見つめてきた。


「私が骨を集めているのは、あの日、兄上を見捨てたことに対する罰だった。

 目の前で助けを求めているにも関わらず、それを見捨てた事で、兄は骨と化した。

 そんな兄上を見捨てた自分を、私は許せずにいた。

 そうして、兄上の幻覚が出てくるようになって、見捨てた私を責めている様に感じた」


 苦悩して目を伏せた侯爵様に近くと、わたしはその顔を覗き込んだ。


「ずっと、後悔されてきたんですね」

「そうだな」

「誰も貴方は悪くないと言っても、ご自分を許せずにいたんですね。骨に囚われてまで」

「ああ……」

「わたしの骨で良ければ、貴方を救う事は出来ますか?」

「それはどういうことだ?」

「わたしはリーザじゃありませんが、骨格は似ていると思います。双子なので」


 わたしはコルセットを緩めると、ドレスをに手を掛ける。


「な、何をするんだ!?」

「何って、貴方を救いたいんです。わたしに出来るのはそれくらいだと思うので……」


 赤面する侯爵様の前でドレスを脱ぐと、下着姿になる。

 更に下着に手を掛けようとすると、「ま、待ってくれ!」と手首を掴まれたのだった。


「君はそれでいいのか!? その……婚約者でもない男の前でその様な姿になって!」

「ええ。わたしにはこれくらいしか侯爵様のお役に立てそうにないので……」

「だが……」

「それに、こんなわたしでも誰かのお役に立てるのなら、これまでリーザと比較され続けてきた甲斐があると思うんです。

 ようやく、リーザじゃなくて、わたしが役に立てる時がきたんだと、思えるので」


 わたしの決意が固いと知ると、侯爵様は諦めた様に、「そこに寝てくれ」とベッドを指さす。


「服を全て脱いでくれないか。嫁入り前の君に手荒な真似はしないと約束しよう。スケッチだけする」

「はい」


 言われた通りに、下着も靴も脱いで一糸纏わぬ姿になると、ベッドに仰向けになる。

 鉛筆とスケッチブックを持って来ると、ベッド脇に座って、わたしの身体を舐める様にじっと観察してきたのだった。


「あ、の……。恥ずかしいです」


 薄く唇が開いたかと思うと、脇の下から腰にかけてすうっと冷たい手に撫でられる。


「案外、安産型の君の方が私の理想の骨格かもしれない」


 そう呟いて、侯爵様は口元を緩めると、わたしの裸体をつぶさに身体を観察しては、スケッチブックに書き込んでいった。

 恥ずかしいからか、侯爵様が丁重に扱ってくれるからか、それとも手荒な真似はしないと言いつつも、あらぬところまで触れられたからか、わたしの身体はこれまで感じた事のない熱を帯びていた。


 スケッチは一日中続き、いつの間にかわたしは眠っていたのだった。

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