理想の女性

第9話

「……それでは、こちらを早馬でお出しします」

「ああ。頼んだ」


 ホセと侯爵様の声が聞こえてきた様な気がして、わたしはそっと目を開ける。

 どうやら、眠っている間に日付は変わってしまったようだった。

 身体を起こして窓に目を向けると、空は雲ひとつない快晴であった。

 自分の身体を見下ろすと、昨日、脱いだドレスや下着は片付けられて、代わりにいつの間に着替えさせられたのか、上質な生地で作られた寝間着を着ていたのだった。


(あれ、これって……)


 寝間着を触っていると、左手の薬指にはよく磨かれた真っ白な輪がーー指輪がはめられていた。


「いつの間に、こんな指輪を……」

「出来たぞ!」


 その時、急に大声が聞こえてきて、わたしは身を縮めてしまう。

 視線を移すと、侯爵様は壁に向かって高らかに笑っているところだった。


「侯爵様、あの一体何を……?」

「ようやく完成したんだ! 徹夜した甲斐があったというものだ!」

「ですから、何を……?」

「君の骨格を元に作成した等身大の人骨のスケッチだよ!」


 ベッドから出て、恐る恐る近づくと、確かにそこにはわたしと同じ高さをした人骨のスケッチが壁に飾られていたのだった。


「良かったです。完成したんですね」

「これも君の……ルイーザのおかげだ。感謝をしている」


 侯爵様は眼帯をした目を触れると、わたしに視線を移す。


「もしかしたら、私はずっと誰かに認めて欲しかったのかもしれない。戦争が原因で、こんな狂ってしまった私を」

「そんなはずありません。侯爵様は何も変わっていません」

「そうか……?」

「わたし、ホセさんから聞いたんです。侯爵様は身分に関係なく、誰かを思い遣ることが出来る、とてもお優しい方だと。

 わたしがこの屋敷に来た日も、酷いことを言ってしまったからと謝りに来られて、昨日も雨が止むまで、ここに留まっていいと許してくださって」


 わたしがそっと微笑むと、侯爵様は慌てたように視線を外す。

 スケッチに視線を移すと、独白するかのように呟いたのだった。


「ルイーザと同じように、私も出来の良い兄上と比較され続けてきた。兄上よりも劣る自分が嫌いだった」

「それは……でも、侯爵様には侯爵様の良さがあります。お兄様にはお兄様の」

「いつの日か、こんな自分を認めてくれる人が欲しかった。私を否定しない、気味悪がらない人を……。それがルイーザ、君だった」

「わたしですか?」

「君は一度だって、骨が好きで、変人と噂されている私を否定しなかった。それどころか、こんな私を認めてくれた」

「それは……骨が好きなのは、侯爵様の個性ですから」

「骨だってスケッチさせてくれて、私の願望を叶えてくれた。私の欲しいものを全てくれたんだ。そんな君に言わせて欲しい」


 そうして、侯爵様はわたしの両手を握りしめたのだった。


「私と正式に婚約して欲しい。私の理想の女性は君しか考えられないんだ」


 わたしは何度も瞬きを繰り返すと、ようやく左手の薬指にはめられた指輪の意味に気づく。

 この指輪は、侯爵様との婚約の証なのだと。


「わたしでいいんですか? リーザじゃなくて……」

「当然だろう。私の理想の妻は、私を理解して、受け入れてくれたルイーザしか考えられないんだ。

 これからは、ずっとこの城に住んで、私の側にいて欲しい」


 わたしは明るい緑色の瞳を見つめ返すと、大きく頷いたのだった。


「わたしで良ければ……ここにいたいです。わたしも嬉しかったんです。リーザとわたしを見分けてくれて」


 昔から、リーザの影に隠れてしまうわたしを見つけてくれる人は、なかなかいなかった。

 けれども、そんなわたしを侯爵様はすぐに見つけてくれた。

 それがどれだけ嬉しかったのかは、わたししか理解出来ないだろう。


 そう言うと、侯爵様は春の柔らかな日差しの様な笑みを浮かべたのだった。


「安心した。実はもうセンティフォリア侯爵家には、リーザではなくルイーザを正式に婚約者としたいと手紙を出していてな。断られたらどうしようかと思っていた」

「じゃあ、さっきのホセさんは……」

「ああ。その手紙を送ってもらった」


 侯爵様は壁に貼っていたわたしの骨のスケッチを、そっと撫で始めたのだった。


「断られたら、その動物の骨で作った指輪を回収しなければならなかった。悲しみのあまり、このスケッチを元に人骨の標本を作るところだった」

「じゃあ、標本作りは止めるんですね……」

「いや。標本は作るぞ、ようやく夢に見ていた理想の人骨を見つけたんだ。これを作らずしてどうする」


 スケッチに頬を当てて、何度も撫でる姿に、わたしは昨日の裸体を観察された時を思い出して、顔が紅潮してきたのだった。


「やっぱり、恥ずかしいので、標本はやめてもらえませんか?」

「何を言っている!? ようやく、念願の人骨の標本が手に入るのだぞ。それも、理想の骨格をした標本だ!」


 そうして、侯爵様はわたしの骨だけを見て、スケッチを撫で始めた。

 やはり、侯爵様はわたしの骨しか見てくれなかったのだった。

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侯爵様はわたしの骨だけを見ている 夜霞(四片霞彩) @yoruapple123

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