骨好き侯爵様の秘密

第5話

 次の日、昨日から降り続いている滝の様な雨は、朝になっても降り止むことはなかった。

 朝食を済ませると、その足でホセの元へと向かったのだった。


「ホセさん、あの……」

「ああ。おはようございます。ルイーザ様」


 朝にも関わらず、疲れた様子を見せていたホセだったが、すぐに顔を引き締めると一礼したのだった。


「昨夜はよく休めましたか?」

「はい。あの……わたし、一度、家に戻ろうと思います。婚約者っていう話も、勘違いだったみたいなので……」


 昨晩、侯爵様から「婚約者ではなく骨をスケッチさせて欲しかっただけだ」と言われてからずっと考えていた。

 元々、わたしは侯爵様から婚約の申し出があったリーザの代わりとしてここにやってきた。

 けれども、婚約は勘違いだったと分かった以上、この城に滞在する必要もなかった。


「そうですか……」

「すみません。サンティフォリアの屋敷にまで迎えに来ていただいたのに、こんな事を言って……」

「とんでもございません。雨が止み次第、帰りの馬車を手配しましょう。それまでは、当城でごゆるりとお過ごし下さい」


 外は土砂降りの雨が降り続いていた。

 この雨では道は泥濘ぬかるみ、馬車が走れないだろう。

 雨が降り止み、ある程度、地面が乾かなければ帰れそうもなかった。

 ホセの言葉に、わたしは甘えることにしたのだった。


「あの、帰る前に侯爵様にご挨拶をしたいのですが……」

「旦那様は部屋から出て来られません。

 私も先ほど追い返されました」


 どうやら、侯爵様の部屋に朝食を運んだが、「食べない」の一点張りで、取り付く島もなく追い返されたらしい。


「そうでしたか……。それなら、また帰郷の直前にでも訪ねてみます」

「そうしていただけますと助かります。必要なものがありましたら、何なりとお申し付け下さい」


 忙しそうなホセを見送ると、わたしは与えられた部屋に戻った。

 身一つで来ていいと言われていたので、屋敷からは何も持って来なかった。

 部屋の窓辺から陰霖いんりんを眺めていると、わたし付きのメイドが気を利かせて本を持って来てくれた。

 それを受け取ると、ありがたく読ませてもらうことにしたのだった。

 けれども、豪雨は夜になっても止む事はなく、引き続き滞在することになったのだった。


 この城に来てから三日目。

 昨日と比べて随分と弱くなった朝雨を見ながら、帰り支度をしていると、自室にホセがやって来たのだった。


「おはようございます。ルイーザ様」

「おはようございます」


 昨日にも増して弱りきった顔をするホセに首を傾げていると、急に頭を下げてきたのだった。


「申し訳ございません。帰郷の件でございますが……」

「はい。今日なら帰れるかと思って、帰り支度をしていましたが……」

「その話ですが、昨晩、城近くの川が水位が上がり、氾濫の恐れがあると報告がありました」


 城近くの川とは、この城に来る時に通ってきた大きな石橋の下を流れている川のことだろうか、とわたしは考える。


「氾濫、ですか?」

「ええ。ここ二日間の豪雨で水位が急激に上がってしまったようでして……河川に近い領民には避難指示を出しました。雨は弱まりましたが、いつ氾濫してもおかしくない状況ですので、ルイーザ様には引き続き、ここに滞在していただきたいのです」

「それは構いません。ですが、侯爵様のお許しをいただけるかどうか……」

「それでしたら、既に許可はいただいております。ルイーザ様の身の安全を図る方が優先であると」

「あの、今朝の侯爵様は公務を……?」

「いいえ。旦那様は昨日も部屋から一歩も出ておりません。今朝方も朝食を運びましたが、また召し上がらないまま下げたところです」


 わたしは胡桃色の目を大きく見開いた。


「二日も部屋にこもっているんですか!?」

「珍しい話ではありません。昔から侯爵様は一つのことに夢中になると、寝食を忘れる有様でして……」


 もしかして、昨日、ホセが疲れていたのも、侯爵様が寝食を忘れて部屋にこもっているからだろうか。


(何かわたしに出来ることはないかしら……?)


 このまま、お世話になってばかりいるのも、城で働く人たちにとって肩身が狭かった。

 せめて、わたしにも出来ることはないだろうか。


 その時、ふと思いついたのだった。


「あの、ホセさん。お願いしたいことがあるんですがーー」


 わたしはとある提案をしたのだった。

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