第4話

「一目惚れなら、私じゃなくてもいいじゃないですか。ルイーザでも」

「しかし、お前もルイーザも、もう二十二歳だ。そろそろ嫁がないと行き遅れになる。これは悪い話では無いと思うんだ」


 わたしも、リーザも、今年で二十二歳になる。

 貴族の女性は、十九歳までに嫁ぐのが理想と考えられている中で、未婚のわたし達は行き遅れと言われてもおかしくなかった。

 こうなったのも、両親が慎重な性格なのと、リーザが相手を選り好みし過ぎなのが、原因であった。

 一方のわたしには、そんな婚約の話はなく、大抵は「姉が駄目なら、妹でもいい」と言った内容の申し出しかなかった。


「それなら、なおさら、私じゃなくて、ルイーザの方がいいです! ルイーザだって、このままだと行き遅れになりますし、一目惚れなら、私じゃなくても同じ顔で、同じ体型のルイーザを行かせれば、侯爵様も納得されると思います」

「でもな……」

「そうでしょ、ルイーザ。アンタからも言いなさいよ」


 急に促されて、「わたしは……」と口ごもる。

 リーザの言う事にも一理ある。

 このままどこにも嫁がなければ、リーザだけじゃなくて、わたしも行き遅れになる。

 また、この申し出を断ってしまえば、両親にも、オステオン侯爵家にも、迷惑をかけてしまうだろう。

 それなら、わたしに出来ることは決まっていた。

 顔を上げると、両親と双子の姉を見ながら口を開く。


「わ、わたしが、リーザの代わりにオステオン侯爵家に行きます……!」


「じゃあ、ルイーザ様がここに来たのも……?」

「リーザの代わりに来ました。リーザと同じ顔形のわたしなら、侯爵様も渋々納得されるだろうと。

 父も、手紙の返事には『娘を嫁がせる』としか書かなかったので、わたしが行っても大丈夫だろうと」


 話し終えると、ホセは紅茶のお代わりを注いでくれた。

 口をつけようとカップを持ち上げた時、ガチャリと扉が開いた。


「……それは、どういうことだ」

「侯爵様!?」


 そこには、先ほど怒声を浴びせてきた侯爵様が眉間に皺を寄せて立っていたのだった。


「旦那様、盗み聞きとはお行儀が悪いですよ」

「お前が先ほどの無礼を謝罪するように、勧めてきたんだろう!」


 憤慨しながら室内に足を踏み入れた侯爵様を、わたしは伺うように見上げる。

 けれども、侯爵様が怒っているのは、わたしがリーザの身代わりで、ここに来たことに対してではないようだった。

 その証拠に、侯爵様はホセに詰め寄ったのだった。


「彼女が婚約者なんて聞いていない! 私はただ彼女の骨格をスケッチできれば良かったんだ!」

「でも、我が家に届いた手紙には、リーザを婚約者として迎え入れたいと……」

「その手紙なら、私が発送前に書き換えました」


 その言葉に、室内の注目が老執事に集まる。


「どういうことだ?」

「言葉の通りです。旦那様が書かれた手紙をそのままお送りするわけにはいきませんからね。私の方で書き換えました」

「ホセ、勝手なことを……!」

「これまでも同じ様な手紙を女性に送っては、気味悪がられてきたでしょう。

『貴女の骨が欲しい』という内容の手紙を読んで、果たして、この城に来てくれる女性がいると思っているんですか?」

「それは……」

「今回もそのまま送っても、また同じことの繰り返しになるだけです。それで私の方で書き換えました」


 呆れた様子の老執事と狼狽える侯爵様を前に、どうしたらいいのかわからず、わたしは困惑するしかなかった。

 すると、「それに」とホセは静かに口を開く。


「そろそろ旦那様も将来を考えて下さい。

 今や昔と違って、貴方はオステオン侯爵です。亡きお父上やミゲル様の分も生きて、侯爵家を守らねばなりません」

「私は結婚するつもりはない! 骨さえあれば充分だ!」


「失礼する!」と言って、侯爵様は部屋を出て行くと乱暴に扉を閉めた。

 しばらく、わたしは衝撃から抜けられなかったが、やがて咳払いが聞こえてきたのだった。


「お見苦しいところをお見せしました」

「い、いえ……」

「まだお疲れでしょう。今日はゆっくりお過ごし下さい」


 その言葉に甘えて、わたしは白亜の城に滞在することにした。

 けれども、次の日になっても、侯爵様は自室にこもったまま、わたしの前に姿を現さなかったのだった。

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