侯爵様はわたしの骨だけを見ている
夜霞(四片霞彩)
君じゃない!
第1話
ガタッと馬車が大きく揺れると、うたた寝から目を覚ます。
「ん……」
いつの間に森を抜けたのか、目前には大きな白亜の城が迫っていたのだった。
「わあ……」
「もうすぐ着きますよ。
感嘆の声を漏らしたわたしの向かいの席には、屋敷まで出迎えに来てくれた若い執事が座っていた。
(いけない! すっかり寝てしまったわ!)
ハンカチで口元を拭くと、馬車の窓を鏡代わりにして身だしなみを整える。
すっかり寝入ってしまった。馬車での一日半の移動がこんなに大変だなんて思わなかった。
人前で寝てしまうなんてはしたない。
胸元まであるコーヒー色の茶色の髪を整えていると、向かいから「どうぞ」と櫛を差し出されたのだった。
「こちらで整えて下さい。それともわたしがと整えますか?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
執事から櫛を受け取ると、今度は手鏡を取り出して、わたしに向けてくれる。
鏡の中には胡桃の様な明るい茶色の目に、コーヒー色の髪、胸元に緑の飾りボタンがついたニンジンの様なオレンジ色のドレスを着た娘が写っていた。
(このドレス、似合ってない)
コーヒー色の髪を櫛で整えながら、ふと思う。
やはり、リーザが持っている派手なドレスはわたしには似合わない。
どうしてこんなにも違うんだろう。同じ日に、同じ両親から生まれた姉妹なのに。
髪を整え、櫛を返すと、執事は手鏡ごと懐にしまう。
「もうすぐ着きますよ。この橋を渡ったら、すぐそこです」
やがて、馬車は目の前の大きな石橋の上に差し掛かる。外を眺めていると、小さな雨粒が馬車の窓に当たったのだった。
「ああ。雨が降ってきましたね。この時季に珍しい」
石橋を渡っている間に、小さな雨粒は大きくなり、城に着く頃には大粒の雨となったのだった。
先に執事が降りると、馬車に積んでいた傘を差し出してきた。
手を借りながらその下に入ると、わたしたちは白亜の城に向かって歩き出したのだった。
時折、視線を感じるのは、白亜の城の中から物珍しそうに見てくる使用人たちのものだろうか。
それとも、この城の主人が集めているコレクションの――。
二人が大きな木製の扉の前に辿り着くと、中からは白髪の老執事が出迎えてくれたのだった。
「遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。リーザ・センティフォリア様」
「お出迎えありがとうございます」
「中へどうぞ。旦那様がお待ちです」
老執事に案内されて、わたしは城の中に足を踏み入れた。
すると――。
「誰だ。その娘は?」
頭上から低めのバリトン声が聞こえてきて、顔を上げる。
すると、階段の踊り場には左目に黒い眼帯をつけた若い隻眼の男性が立っていたのだった。
(綺麗……)
輝くようなピーコックグリーン色の明るい緑の片目が印象的な整った顔立ち。
カナリア色の明るい金髪をうなじで結んで肩から垂らし、西国の血が混ざっているのか、綺麗に整った白皙の顔立ちをしていた。
眼帯をつけていても、その光は衰えることはなく、ただ不機嫌そうにじっとわたしを見つめていたのだった。
「誰とは、旦那様が望まれたリーザ・センティフォリア様です」
「そんなはずはない!」
震えるような怒声が城の中に響き、わたしは身を縮めてしまう。
「旦那様!」
「彼女はリーザ・センティフォリアではない、よく似た別人だ!」
その言葉に、胡桃色の目を大きく見開く。
(嘘。まさか、こんなに早く見破られてしまうなんて……)
何度か口を開閉すると、ようやく言葉が出てきたのだった。
「どうしてわかったんですか……? わたしがリーザじゃないって」
恐怖から声だけでなく、手も震えていた。
それを隠すように両手を握りしめると、もう一度、口を開く。
「どうして……」
「私が求めていたのは、理想の骨格をしたリーザ・センティフォリアだ。
君の様な安産型の娘じゃない」
「あ、安産型……!?」
それだけ言うと、旦那様と呼ばれた男性は憤慨したように階上へと戻って行ったのだった。
呆気に取られていると、傍らの老執事が謝罪の言葉を述べてくる。
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