探偵達の苦悩
堀北 薫
名探偵さえいれば
「だからなんでそうなるんだよ」
刑事である私こと
とあるお屋敷のリビングで殺人事件が起きた。
ことの発端はお金持ちの遺産争いで「自分が殺人のターゲットになっている」と言い出して我々を呼んだ次男、桃園寺二郎の依頼である。
かくして、名探偵とその助手、そして名探偵の親友である私が二郎氏の護衛をしにきた。1日目は顔合わせで遺産争いの顔ぶれを見て終わり、お屋敷に泊まらせてもらえることになったのだが、翌日の早。
リビングに横たわる死体に全員が驚いた。
名探偵が目を見開いて、こと切れていたのだから。
* * *
「嘘だろ、冗談もいい加減にしてくれよ」
「あら、でも当然じゃなくって?」
長女の桃園寺一美だ。私が声の主を睨みつけると相手はたじろぐが、言葉を紡ぐ。
「名探偵なんていたら、ターゲットを殺しても捕まる。だったら先に名探偵を殺しておくべきでしょう?」
「うーん、確かに」と助手。
「いや、『確かに』じゃなくて。どうすんのさ」
助手は肩をすくめ、私に言う。
「山田さん、考えてもみて下さい。名探偵は殺されてしまいましたが、その死は無駄じゃないです」
助手は携帯端末を取り出す。
「すでに警察と救急車は呼んでます」
「なにぃ!ほんとか!」
「山の中なので一時間半くらいかかるでしょうが。そうなれば犯人は終わりです」
「警察の鑑識と科学技術は舐めてはいけません。少し調べれば犯人にたどり着くハズです」
助手はソファにドカリと座ると、今度は端末でゲームをやり始めた。
「これで解決なのかね」と二郎。
「あとは犯人を捕まえるだけなので、それは警察の仕事です。二郎氏を、殺そうとした犯人もこれで捕まるでしょう」
「…………」
その場に沈黙が流れる。長男、依頼人の次男、三男、長女、名探偵の助手、私。
「ちょっと待って下さい。これ、え……?」
戸惑いながら話しかけてきたのは三男だ。
「自分はやってませんよ?」
「誰だってそう言うんですよ。そのために警察を呼んだんですから、待ってましょう」
冷たく言う助手に対して、不満そうな顔をする。
「自分の部屋に戻ってもいいのか?」
「殺人者がいる中でそれは危険なのでここにいて下さい。一時間くらいですからいいですよね?」
「いや、ちょっと、えぇ……」
先ほどからずっとブツブツ言ってるのはやはり三男だ。
「どうしました?顔色が悪いですけど」
「屋敷内を色々調べたりするんですか?」
「そりゃ毒殺ですから、一応それが見つかるまで──」
助手が言い終わらないうちに走り出したのを私は見逃さなかった。飛びついて捕まえる。
「いきなりどうした!1人になるのは危険だぞ!」
「黙れ!クソッ!なにがどうなってんだよこれ!オイ二郎説明しろよ!」
二郎が不思議そうに三男を見る。
「確かに俺は二郎を殺そうとしてた。いろんな案を用意してたよ。アリバイ工作、事故死に見せかける科学トリック、屋敷の一部をバレないように改造もしたさ!」
押さえつけられた三男はえらく取り乱してる。
「でも、コレは違う!俺じゃない!信じてくれ!探偵を殺したのは自分じゃないんだ」
「実は毒殺トリックも考えてたんじゃないんですか?」
「信じてくれ頼む!」
「では計画を全部話して下さいよ、じゃないと信頼もクソもない」
三男は全てを泣きながら話した。ときおり、長男や長女がびっくりしたり青ざめたりする。
「────これで全てだ。ホントに信じてくれ」
「えぇ、信じますよ。ありがとうございました」
そう言って起き上がったのは名探偵だ。
「…ハァ⁉︎⁉︎」
名探偵は「死んだフリも楽じゃないですね」と伸びをする。
「助手君、録音は?」
「バッチリです」
「待て、ハメやがったな!」
「人を殺そうとしてた人間がなにを言いますか」
名探偵は上着を羽織ると玄関に向かう。
「二郎さん、とりあえず今回の犯罪計画は全て暴きました。殺されないように注意して下さいね。あと依頼料の振り込みもお忘れなく」
「おい、どういうことだ!」
私は名探偵に詰め寄ると申し訳なさそうに言う。
「今回のような作戦にはあなたのような騙される味方がいたほうが効果があるので。本当に申し訳ない」
名探偵は頭を下げる。これ以上文句を言ってもなにも出てこないか?
感情が顔に出てたのか、名探偵はパチンと指を鳴らす。
「そうだ、帰りに有名な蕎麦屋があるんですよ。そこにいきましょう!」
「もちろん奢りだろうな」と私は確認する。
「助手くん、手持ちある?──あ!」
名探偵は思い出したように言う。
「警察と救急車は呼んでないのでご心配なく」
「ありがとうございます。ホントに助かりました」と長女。
二郎たちは三男にこってりお灸を据えるらしい。三男を囲み、しぼり始めた。
* * *
「これにて一件落着!イェーイ!」
「まったく、相変わらずだな」
「これくらいは当たり前ですよ。そもそも人が殺された時点で名探偵失格なんです。そして未然に事件を防ぐことが出来れば依頼数は爆上がり!」
「その通りなのです」と助手も頷く。
「そうなりゃ、『名探偵さえいれば』そう言われる日も近くなりますよね」
「そうだな」
私はこれから食べる蕎麦に心踊らせながら返事をした。
─────【了】
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