第17話 第一話 その7 右か左か
「どうゆうこと?」
俺はちゅん助に追いつくと彼の見つめる地面を眺めた。そこには道幅3~4mほどのこの道を横断するような形で砂と土を盛り上げて作った幅3cmほどのラインが引いてある。そのラインの上には細かな間隔でちぎってきたらしい草が立てられていた。
「これは?」
「わしが作っておいたお。通行人があればこのラインを踏んでいくのを期待して作ったお」
なるほど、確かにこのラインが崩された形跡があったなら何者かがここを通ったことになる、しかし…
「歩いて行ったならまたいで行ってしまった可能性もあるんじゃないか?」
「わしが期待しとったのは歩行者だけじゃないお、しゃがんで道をよく見てクレ556」
言われるままに道に伏して地面を見つめると道に平行な形でうっすらとほんのうっすらと幅5、6㎝の線が申し訳程度についていた。
ところどころ消えているが延々と伸びている様だった。見てみると同じような線が2m程の間隔で平行に走っていた。
「これは…車?にしてはタイヤの幅が細すぎるよな、自転車にしては太い…」
「ひょっとしたらなのだが馬車とか荷車とかそんなんじゃないかお?」
「馬車!?この時代に?」
「ここがどこか分からん、我々の姿…と言ってもおまえはまだ気づいてなさそうだが、それを鑑みるに今までの常識は通じないお」
「さっきから姿のくだりが良く分からんがこの線に自動車や自転車のタイヤのトレッドパターンなんかが見られないという事はやはりそういう事なのかな…?」
「多分。ほんでわしはこの砂土を盛り上げて作った横断ラインにちぎった草を立てて埋め込んでおいたんだお。馬車がこの上を通過すればこの草が倒れる。倒れた方向へ馬車が進んだちゅーことになる」
「なるほど」
しかしラインは全く踏まれておらず草は一本も倒れてもいない。馬車らしきものは通過してない、そういう事になる。
「そんでだが、これからどうするかお、それが問題なのだが…」
ちゅん助が悩んでいる様だった。
「どうするとは?」
「一番いいのはこの道を誰かが通ればそいつにこの世界や色々な情報を聞けるのがベストだお」
「ついでに馬車なら町まで乗せてもらえれば理想だお」
「ただしわしがラインを作ってからはや数時間、通った形跡が見られないのであれば…」
「あれば…?」
「自分らで動くしかない」
「そうなるな」
言いながら俺はちゅん助のこの仕掛け、まだ役には立っていないがその仕掛けには感心していた。
この訳の分からない世界で何も分からない不安な状態の中で彼は出来る事をやって何とかしようとしていたのだ、この小さな体で…
「左右どっちへ行くお?」
「どっち?どうすれば…」
確かにちゅん助が言う通り道のどちらへ歩くかで明暗が分かれる事があるのならそれは大きな問題だった。
「水はさっきの小川があるから飲めはするが溜めとく容器がないお、さらに食料はゼロ」
「飲み食いせずに動けるのはせいぜい数日!最悪…死ぬお…」
「死!…」
自分が起こしたであろう大交通事故からは奇跡的に不思議な形で生き延びた様に思えていたが現実を整理するとちょっと先に延びただけなのかもしれない。せっかくちゅん助と合流出来た事で広がった安堵感が消えまた不安になって来る。
「自分で移動すべきかな?遭難した時はその場を動くなって教えられたこともあるけど…」
「遭難なのかそういう扱いなのかすら不明だお。人が見当たらんのだから救助は期待できないお」
「そうなんだが…」
「ここに来てギャグかお、余裕あるなお」
「そういう意味じゃねえよ…右か左か、進むべきか留まるべきかそれが問題だって事」
「わしゃ右だお!」
「思想の話はしてない!」
ちゅん助はアニメだけでなく高校時代は結構なミリオタだった事もあって右派左派には少し敏感なのだ。
「下流…かな…」
俺はふと先程の小川の事を思い出し呟くように言った。
「ほう?上流階級たるわしに下流に流れよと?」
「あほか!無職!だれが上流階級やねん」
「だまるお!自宅に籠れるのも金あってこそだお!」
ちゅん助のこの手の話は無視するに限る。俺は理由を述べた。
「川だよ川!さっき小川があったろ?民家があるとしたら下流方向の方が可能性が高くないか?」
「ほう、なるほどのう、とすると左か!左を制する者は世界を制すと言うしな!」
「ボクシングかなんかじゃねーのかそれ…」
「なんにせよイズサン、下流方向はいい鴨試練!かもかもw」
「やっぱお前、鳥じゃん」
「は?わしは鳥じゃないお!あんなネギ背負って田んぼの見回りをさせられた挙句、食べられる奴と一緒にするなお!」
とにかく鳥ではないらしいちゅん助が憤慨した様子でぴょんぴょんと跳ねた。
右か左かの問題は一応決着したが動くか動かざるか、考えている間にも時間が過ぎていく。
「下流方向と決めたうえで早速行くか?」
「うーん?」
俺はちゅん助に決断を促した。即答がない…迷っている様子だった。
「まだ陽が高い鴨試練、かもかも~w」
鳥じゃない!とか憤慨してるくせに鳥扱いネタが気に入ってる様子だがその前振りは無視して聞いてみた。
「陽が?」
「………気温的には夏に近いと思うんだお、あの太陽の高さも真上に近い」
鳥ネタのふりが無かったのが残念だったのかつまらなそうにちゅん助が答えた。少し意地悪だったか?
しかしいつまでも付き合ってやるとそのネタばっかやるのがちゅん助という男なのだ。今はこの状況を何とかしたい。
「今進むと体力の消耗が激しいと?」
「そういう事だお、水を十分飲んで動いたとしてもこの暑さではすぐに水分補給が必要になるお」
「空腹は2、3日耐えられても…わしは耐えられんが…渇きはすぐに致命傷になるお」
「確かに」
言われてみるとその通りだった。日が暮れたらどれほど気温が下がるかも気になる事ではあったが、自生してる植物の様子を見てもカラフルな南国の草花が無いわけでもなく、寝れないくらい寒くなるという事もあるまい。焦ってすぐ動いて脱水症状にでもなったらその瞬間にアウトなのだ。
自分一人だったら焦燥感から動き出してしまったかもしれない。俺はなかなか冷静に判断しているちゅん助と合流できたことに改めてホッとするのだった。
「この道を眺められる林の中で日差しをやり過ごしてもし誰かが来たら話を聞く」
「誰も来ずに陽が傾いて気温が落ち着いたら下流方向、この道の左側へ進む」
「そんなんでいいか?」
俺は最終的な判断の確認を問うた。
「よろしかろう」
それしかないな、そんな感じでちゅん助が答えた。
二人の中で方針が決まったら日差しの中にいる必要はない。日差しが弱まる適当な位置に場所を移して時間が流れるのを待つ。
いや本当に待っているのは時間が流れる事ではなく往来者であった。なんとか、誰でもいい、この道を通って欲しい。
左に進む、方針はそう決まっても生き残れる可能性が高い、そう思うだけであって正解かなんて全く分からないのだ。
そういった意味で往来者の有無は生死を握っていると言っても過言ではなかった。二人いる、その事実は心強いものではあったが先の見えない緊張の中に身を置いていることはいつも軽口の絶えないちゅん助が黙りがちになるのを見ても明白であった。
(誰か、誰か来ないのか!一人くらい通ってもいいだろうに!)
誰かが通る、こんな簡単な事にこんなにも熱望を抱く。その熱望は焦りに変わり、時にはぶつけ様のない怒りにも変わってぐるぐると俺の心の中を回る。
時間が経つのが早い方が良いのか?遅い方が良いのか?俺の焦燥感を嘲笑うかのようにジリジリと刻が過ぎていった、容赦なく。
「ここらかな?」
「仕方なかろうお」
通行人はその気配すらなく歩き出すのを決断するのに十分な時間が過ぎ、その時間が陽を傾かせていた。
「行こうか」
「行こうず」
ちゅん助の意向を確かめると左つまりは下流方向に向かって歩き出す。すかさずちゅん助が頭上に登ってきた。
「楽でいいな」
「なにをいうかお!イズサンが熱射病にならんようにかわいい帽子役を引き受けとるんだお!」
「物は言いようだな」
「なにはともあれゴーウェストだお!」
「西?そういう事か」
気が付けば頭上に昇っていた太陽は高度を下げ地平に沈む用意をしていた。下流方向はその太陽に向かっていた。この世界に方角の概念があるなら陽が沈むのは西というわけだ。
歴史上東に向かって戦って勝った国はない様な事を聞いた事がある。ほんとかどうかは知らないが左に進む選択は悪くない様に思えた。
「ちょっとまった!待った!待ってクレメンス!」
覚悟を決めて歩を進めたその時だった。頭上のちゅん助が後方を見て何かを見つけたらしくぴょんぴょんと飛び跳ねた。
第一話
その7 右か左か
終わり
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