053 どこまで

 床に並べた残骸を回収し、街の管理者メタの屋敷を辞去した後。

 マグ達は色々世話になったクリルには一先ず端末で無事に戻ったことを連絡するに留め、真っ直ぐ宿泊所に向かった。

 さすがに遺跡探索初日から一つの迷宮遺跡を半ば踏破しては疲労が大きい。

 なので詳細な顛末は明日、改めて訪問して直接伝えることにした。

 そして翌日。営業開始時間に合わせて訪れたクリルの店のバックヤードにて。


「ふむ。これがルクス迷宮遺跡の戦利品か」


 マグが【コンプレッシブキャリアー】から取り出して再び綺麗に並べたバラバラのガイノイドを見て、彼女は興味深そうに言う。


「修復はしないのか? 裁量に任されたのだろう?」

「ええ。勿論、直すつもりではありますが……」

「む。何か懸念でもあるのか?」


 問いかけに躊躇い気味に答えたマグに、クリルは首を傾げながら問うた。

 対してマグは「ええ」と肯定してから続けた。


「その、どこまで戻せばいいものかと」

「ふむ?」

「この子、迷宮遺跡の管理コンピューターに操られていたじゃないですか」

「そう言っていたな」

「フィアの時は形を整えた段階で起動して、そこから初期設定しましたけど、この子は多分初期設定は済んでいて何かしら活動していたと思うんですよ」

「うむ。ほぼ確実にそうだろうな」


 もっとも、そこから迷宮遺跡に取り込まれるに至った経緯は不明だ。

 それはクリルも同じだろう。


「フィアって、最初からあの状態で発見されたんですよね?」

「そうだな。初期設定がまだだったことと合わせて考えると、恐らくフィアは出荷前の状態であのように破損したのだろう」


 クリルの推測に一つ頷く。

 ただ、今回回収したこの子がフィアより後の世代の機体であることを前提に置くと、新品で出土したことに時代的な齟齬がある気がするが……。

 あるいは、フィアもまたマグ達と同じように時空間転移システム暴走の影響を受け、この星に転移したのかもしれない。

 今となってはもう分からないが。


「しかし、それと修復を躊躇うことと何の関係がある?」

「もし、この子のメモリーに大事な記憶があったらと思うと……」


 マグがそう言うと、クリルは虚をつかれたように目を開いた。


「成程……汝は本当に機人という存在を人間のように尊重するな」

「私の旦那様ですから」

「フィアのおとー様ですから!」


 母親の真似をするように胸を張ってフィアも言い、クリルは小さく笑った。

 それから少し考えるような素振りを見せた後、再び口を開く。


「ならば、彼女自身に選択させればよかろう。汝の超越現象PBPは随分と抽象的と言うか、ファジーだからな。彼女にとって最良の状態に戻せばいい」

「……そんなことが可能なのでしょうか」


 今この状態の彼女には、およそ意思と呼べるものはないはずだが。


「この世に存在するものには情報が蓄積されている。そして、たとえ実体が消えたとしても存在した情報が消えることはない。間違いなく可能だ」


 クリルは迷いなく断言する。

 この残骸に彼女自身が最良と認識した瞬間の情報が残されているということか。

 マグにはよく理解できない理屈だったが、この未来の世界では何かしらの根拠が既にある話なのかもしれない。


「じゃあ、試してみます」

「うむ」


 いずれにしても、少女の形をした機械人形をバラバラのままにはしておけない。

 なので、マグはクリルの言葉を信じて超越現象PBPを発動させた。

 すると瞬時に、アテラにブツ切りにされた体が繋ぎ合わされ、完全な形になる。

 開かれたままだった目に光が宿り、無機質だった表情が戸惑いに染まっていく。

 そのまま彼女は周囲を見回し始めた。


「ど、どこ? ここ」


 それから不審そうに眉をひそめつつ、傍にいたマグ達を睨みつけ……。


「だ、誰よ、アンタ達」


 警戒するように一歩後退りしながら、険のある声で尋ねたのだった。

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