012 名前とアテラの力?
「……名前、か」
「元々の名前を使ってもいいし、新しい名前にしてもいい。だが、一度設定したら変更には面倒な手続きが必要になる。注意することだ」
空中ディスプレイを前に悩む男に、門番がアドバイスを口にする。
折角の新天地だ。
取るに足らない人生を送った己からは脱却したい。
心機一転を図るのも悪くないかもしれない。
男はそう考え、一度アテラに視線を向けた。
「名前を変えようと私にとって旦那様は旦那様です。どこまでもついていきます」
「……ありがとう、アテラ」
この新しい世界に、過去からの繋がりは彼女だけでいい。
だから――。
「これから俺は、マグと名乗ろうと思う」
ガラテアをもじったアテラに対応するように。
同じギリシャ神話のエピソードからピグマリオンの一部を取って逆に読んだ。
人形偏愛。ピグマリオンコンプレックスの由来となった存在だ。
ガイノイドを愛する男には相応しいだろう。
神話では、最終的にガラテアは人間になってピグマリオンと結ばれたが……。
男としては、アテラは機械のままでも構わない。むしろ、そのままがいい。
そういった考えの下、逆読みにしてみた。
「アテラは……」
「私は旦那様にいただいたこの名を気に入っていますので」
「そうか。じゃあ、後はミドルネームとファミリーネームだな」
「ファミリーネーム……あ、あの、旦那様」
アテラは、淡いピンク色に発光させたディスプレイに【(///∇//)テレテレ】と赤い絵文字を表示させながらモジモジし始める。
意図は何となく理解できる。
「ファミリーネームは同じにしよう」
「はい! 旦那様!」
マグの提案に、アテラは嬉しそうに絵文字を【(*≧∀≦*)】と改めた。
この世界の婚姻形態は分からないが、パートナーとしての意識を強く持ちたい。
人生の最期の願い。彼女と添い遂げる。
その決意を表すように、マグは自身とアテラのフルネームを決定した。
「よし。ミドルネームとファミリーネームを入力して……今日から俺はマグ・アド・マキナ。アテラはアテラ・エクス・マキナだ」
「はい。私はアテラ・エクス・マキナです!」
アテラはそう新たな自分の名を嬉しそうに繰り返すと、それを入力するために腕輪をマグ経由で受け取って身に着けた。
「え? あれ?」
次の瞬間、腕輪は吸い込まれるようにアテラの手首の中に消えていく。
自分の時とは異なる現象にマグは、影が薄くなっていた門番に視線を向けた。
それに彼が何か反応を示す前に、腕輪が消え去った辺りから画面が表示される。
どうやら影も形もなくなってはいるが、機能は失われていないらしい。
「……詳細は分からないが、彼女の
一連の現象を見て推測を口にするが、彼もそれ以上のことは言えないようだ。
それが転移時の再構成によってアテラが得た固有の特殊能力だというのなら、しっかりと検証していく必要はあるだろう。
しかし、これもまた。ここで考え込んで明らかになる話ではない。
時間を浪費するばかりだ。
「とりあえず私も名前を入力しますね」
アテラもまたそう判断したようで、自身の名をそこに打ち込む。
その作業が終わってから二人同時に門番に向き直ると、彼は頷いて口を開いた。
「まあ、色々あったが、これで俺からの案内は終わりだ。街に入ったら一先ず一般の職業斡旋所に向かうといい。地図は端末に入っている」
締め括るような言葉。
その直後、それを合図にしたように巨大な門が重々しい音と共に開いていく。
「っと、まだ一つ。最後の仕事があったな」
そして完全に開門したところで思い出したように言った門番は、一つ大げさに咳払いをしてから一拍置き……。
「ようこそ、秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアへ」
そう演技めいた口調と身振りで告げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます