003 異世界?
何にも遮られず吹き抜けていく風は心地よい。
だが、久しく経験していない大自然の空気は男の疑問を深めるばかりだった。
立ち上がることが全く苦ではなくなっている己の肉体もまた。
「状況を整理しよう」
「はい。旦那様」
「俺は……延命治療を拒否し、最後の時を家で過ごしていた。アテラと共に」
頷くアテラを確認し、男は続ける。
「そして、アテラに抱かれたまま……俺は死んだ」
アテラが冗談で心臓が停止したなどと言うことは間違ってもない。
故にそれは事実。だが……。
「なのに今、俺達は見知らぬ場所にいて、しかも俺の体調はすこぶるいい」
そうやって事実を並べても理解が及ばない。
「どうなってるんだ?」
眉をひそめて言いながら、男はアテラを見た。
対して彼女は困ったように【(´-ω-`)ウーン】と表示しながら小首を傾げる。
「その。私の主観時間としては、旦那様の心臓がとまった直後です。初めての強烈な悲しさに一瞬人工知能が停止し……気がつくとここにいました」
アテラは絞り出すように告げるが、新しい情報はない。
現状への理解は同程度。
二人で顔を見合わせて悩んでいても進展はなさそうだ。
そう判断していると、アテラのディスプレイから絵文字がフッと消えた。
光沢のあるそれは、暗転したことで正面のものを反射して映し出す。
「え?」
そこに映り込んだものに、男は驚きの声を上げた。
若々しい男性の姿。
男はそれに見覚えがあった。随分と前に。
「若返ってる……?」
それは成人した頃の男自身の姿だった。
激務に疲れ果て、病魔に侵された最期とは似ても似つかない。
「どうやらそのようです」
「…………よく、俺だと分かったな」
「膝枕をしたままだったことや服装が同じだったこともありますが、何より、この私が愛する旦那様を間違えるはずがありません」
「そ、そうか」
キッパリと告げたアテラに、男は多少の気恥ずかしさを声に滲ませて呟いた。
人工知能には金を出し惜しみしなかったが、それにしても人間味が増している。
若返りと似た超常的な現象の類なのかもしれない。
そうした己とアテラに対する認識もあって。
「しかし、ここは一体どこなんだ?」
「私が思いますに、いわゆる異世界ではないでしょうか」
俄かには信じられなかったが、彼女の推論には男も同意せざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます