002 見知らぬ世界

「旦那様…………旦那様、起きて下さい」


 愛しい存在の声に男の意識は浮上し、目を開いた。

 まず意識に入ってきたのは彼女の顔。

 貯金と退職金をはたいたとは言っても、底辺労働者の収入。

 最新の人工皮膚は高価過ぎてオプション設定できなかった。

 故に簡素なカバーに覆われ、目の辺りには一枚板のディスプレイ。

 そこに【(>_<。)】と心配を表すような絵文字が表示されている。

 髪も無機的で、ポニーテール状の追加パーツが頭についているだけ。

 ボディもつるっとしたカバーのせいで硬そうだ。

 一応、表面は人間を傷つけない柔らかさではあるが、皮膚と比べると事実硬い。

 しかし、そのロボ娘とでも評すべき姿こそ間違いなく――。


「アテラ……?」

「はい。旦那様。貴方のアテラです」


 男の問いかけに【(*^-^*)】と嬉しそうな絵文字を表示させる彼女。

 アテラとは、ギリシャ神話に登場する人形ガラテアをもじってつけた名前だ。


「俺は、死んだんじゃ……」

「はい。確かに心臓は停止しました」

「なら、ここは……死後の世界か?」

「いえ、それは……申し訳ありません。私にも分かりません」


 男の問いに、戸惑い気味に俯いて返答するアテラ。

 ハッキリしない様子に首を傾げつつ、男は彼女の奥に意識を移した。

 意識を失う直前と同じ、膝枕をされている体勢。

 アテラの後ろに広がる光景は――。


「空? ……外なのか?」

「はい……」


 抜けるような青空。

 吸い込まれそうなそれに驚きながら、周りを見回す。

 視界に映ったのは一面の緑。

 どうやら草原のど真ん中にいるらしいことを認識する。

 混乱が一層深まる。


「ここは、どこだ?」


 そんな状態で男が呆然と口にした問いは、アテラにも答えることができず……。

 風の中へと消え去ってしまった。

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