推論+心眼の答えを求めよ

其乃日暮ノ与太郎

彼女の一幕

「今の仕事に就いて何年たったの?」

「もう3年になるかなぁ」

「それにしても何故減らないのかしらね」

「直接本人に聞いた事が何度かあるけど、大概『魔が差した』みたいな感じで返してくるのよ」

「あれって見つけるの結構難しいんじゃないの?」

「慣れればそうでもないわ、万引きGメンなんて」


(もうメシ喰い終わったんならさっさと帰ればいいのに、あのオバさん共)


カウンターで味噌ラーメンをすする清水花蓮が背後で歓談していた年配女性達にイラっとしたのも束の間に食事を疎かにしてくっちゃべる券売機の傍に腰掛けていた居たサラリーマン二人にも引っ掛かる。


「それにしても先輩、すごかったですねぇ」

「大した事じゃないよ、あれぐらい」

「あの時、速攻で先方の矛盾点を言い当てて反論したじゃないですか」

「よくあるよ、あんなのは」

「かっこよかったっす、マジで。で、何で分かったんですか?」

「そりゃぁ場数だよ、場数」

「なるほどっす」


(箸を止めてまでおべんちゃら使ってんじゃねぇよ、先輩って呼ばれてる奴もまんざらでもないツラしてるし)


グレーのレイヤード風ドッキングニットにブラックのシフォン素材9分丈プリーツガウチョパンツで身を纏った内心の口が悪い女がムカつきを抑えながらスープまでしっかりと飲み干して、

「ごちそうさま」

と律儀に言ってから店を出ると、雑踏とブラウンでミディアムウルフカットの隙間を縫って吹いた心地良い風を嗅いで、

「あ、雨降るかも」

と呟きながら天を仰ぎ、そこには薄曇りの空が広がっていた。

通りを挟んで向かいのパチンコ店の自動ドアが開いた拍子に届いた電子音をけたたましく感じながら週央の昼時に当ても無く私鉄駅の公園口から遠ざかる。

ご老人のお散歩に匹敵する速度で不動産屋の仲介料50%と書かれたポップに興味を示さず、ヘアカットモデルが修正加工されて綺麗に微笑む写真が掲げられている美容室にも用事無くスエードシェルピンクの機能系5cmヒールベーシックパンプスを鳴らして歩く。

そうこうしている最中、駅ビルに入る小道前に設置されたステンレス製ゲートタイプの車両止めに通学カバンを乗せている女子高生の対話が耳に入る。


「……ったから怪しいと思ってにらみつけて聞いたの」

「そしたら?」

「やっぱり食べてた。私のプリン」

「よく犯人見つけたね」

「ちっちゃい頃からそうだったのよ弟は。だからピンときた」

「へぇ~」


(姉の勘、恐るべし。だな)


推定高1と踏んだ軽く見積もっても門限を破りそうな雰囲気のない両名の前を横切り、卒業生がここに通ってどれだけ役に立ったかをインタビュー形式で答えているポスターを貼った進学塾を過ぎ、店頭のプライスカードとそれぞれの商品が見やすい高さにディスプレイされた花屋を横目にして通り越した時に前方から注がれる自分に向けられた視線を感じた。


(コレは……アレか)

「おねえさん、チョット今いいですか?」

そう声かけながら覗き込んでくるギャル男とホストを合わせて割ったようなヘアスタイルにあえてのユニクロで清潔感を出した男が寄って来て花蓮は歩みを止めずに背けた顔をしかめる。

(はい、来た来た)

「僕ね、クオリティが高い女性しか呼び止めないんだ」

(はい、ビンゴ。コイツはスカウト野郎)


ここで彼女は足を運ぶスピードを数段アップさせた。


「間違いなくAランクなのよ、あなた」

(うるせーよ、今時はネットスカウトだろ)

しかし敵もる者、無言で立ち去ろうとする勢いを右下にシルバーカラーのLVイニシャルを添えたクラッチバッグを持った手で制して和らげようとする。

「日払いだし、体験入店だけでもどう?」

(お前なんざ迷惑防止条例で持っていかれろ)


それから数十メートルもの間をそれでも負けじと振り切る姿勢を貫く女、だがそれを拒もうとする男といった攻防が、

「ねぇ」「……」「ねぇ」「……」と繰り返されたが、根負けしたスカウトが白旗を上げるかの如く踵を返した。


これといった目的は無かったが暇潰しで繰り出した街の徘徊に難癖が付いたと感じた花蓮は直ぐの路地に入り、自分の背丈ほどあるインターネットカフェの角アルミ電飾スタンド看板を避け、同性が利用している所を目撃した事が皆無ないかがわしい無料案内所の前をそそくさと抜け、しょっちゅうお世話になっている立ち食い蕎麦チェーン店をやり過ごした時にスマホが鳴動した。

シグネチャー柄のハンドバッグから取り出した着信画面には付き合って三年になる『諒太』と表示され、上にスワイプして応答する。


「もしもし、何?」

「あ、いきなりで悪いんだけど、今晩のデートは……」

(チッ、この声のトーンは、またか)

「あんた、何隠してるの」

「え?」

「え?じゃないわよ」

「何が?」

「今度は何処のどいつよ」

「何を言って……」

「しらばっくれないでよッ、女でしょ」

「何が、違うっ……」

「嘘つかないでよッ!」


この瞬間に花蓮の怒号が街に響き渡り、周辺の通行人から驚く者や振り返る人間を多数生み出す。


そして彼女は記憶という根拠に基づいた脳の論理思考から過去に蓄積してきた経験や学習を用いて得た情報の中から無意識かつ高速で引き出された疑いを通話の初頭から既に感じ取っていた。


たとえそれがスマホを通しても直観と言わんばかりに。


スピーカーに当てた耳を荒らげられた声でつんざかれた諒太は間髪入れずに心で嘆いた。


「やっぱり……女には……浮気がバレる……」

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