許嫁ラブコメ

落花生

第1話

 日本の少子化と晩婚化、未婚化は、より深刻な社会問題になっていた。子供が結婚しない、という悩みに一番悩んだのは子供の親たちだ。そのため、親たちはこの問題に古の方法で解決を求めようとした。


 子供の内から結婚相手を決めてしまう。


 親たちは子供に許嫁を用意するようになった。


 俺の親も他の親と同じように、俺に許嫁を探してきた。


 まだ中学校三年生の俺には、荷が重い話であった。だが、将来の結婚相手の顔には大いに興味があった。それでも素直にそれが言い出せない年頃だ。


俺は、親に顔合わせの料亭に無理やり連れてこられた体を装っていた。鹿威しの音でも聞こえてきそうな静かな料亭なんて、俺の人生で初めて足を踏み入れた場所だった。政治家が悪い話をしていそうな場所では、俺の学生服は浮いていると思う。


 俺の名前は、東根真琴。


 これから許嫁ができる、ごく普通の男だ。


「俺に許嫁なんて早いよ」


 俺はそう言いながら、興奮で鼻の穴を大きくしている母親の顔を覗き込んだ。母親は俺の許嫁が決まった直後から大喜びだった。俺は一人っ子だったし、許嫁が決まるのも遅かったから喜びもひとしおなのかもしれない。「隣の飯田さん家の娘さんは、小学校のころから許嫁が決まっていた」というのは母親の口癖だった。


「失礼のないようにね。中学生にもなって許嫁がきまっていない子なんて珍しいから、母さん頼み込んじゃったんだから」


 母曰く、俺の許嫁は才色兼備のお嬢様らしい。そんな子がどうして中学生になってまで、許嫁が決まっていないのかが気になった。


「ほら、いらっしゃったわよ」


 母親が喜色満面で迎え入れたのは、女の子とその母親と父親だった。


 その子の登場した途端に、俺の時間は止まってしまった。


女の子は、えらく小柄な子だ。髪が長くて、膝裏ぐらいまである。気の強そうな顔立ちだが、目鼻立ちは整った綺麗な子だった。彼女も学生服を着ていて、俺と同じく料亭という場所に全く似合っていない様子だった。


「日比達千花です」

 

 彼女の顔を見ながら、俺は聞きなれない名前だなと思った。


「千の花と書いて、センカと読みます」


 少女は毅然と答えた。


 おそらくは、自分の名前を説明しなれているのだろう。手慣れていた。俺と同じように母親と父親に挟まれて座る千花はにこりともせずに俺を見ていた。まるで、自分の許嫁である俺を見極めているような顔であった。


「俺は東根真琴。中学では帰宅部で……」


 俺は取り合えず、自己紹介をしようとした。


 だが、千花の機嫌は悪くなる一方だ。


「つまらない人」


 ぼそりと千花はいった。


 幸いなことにその言葉は俺の親や、千花の親には聞こえていないようだった。しばらくして、俺と千花は「あとは若い二人で」とお見合いの常套句と共に二人っきりにされた。許嫁と二人っきりになったこともあって、俺はしどろもどろになった。


「真琴さん」


「真琴でいいよ」


 許嫁同士だし、と俺は言った。


「では、真琴。私は、結婚したくありません。でも、許嫁は欲しいんです」


 千花は、はっきりとそう言った。


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