ハッピー・ダイナマイト
魅鳥ライト
1話
拘置所の面会室、そこは、何もない無機質な灰色の空間。
二人分の椅子と、カウンターの様な長いテーブルが、アクリル板で仕切られている。
職業柄この場所には何度も足を運んでいるが、その度に、自分は何もやましい事は無いのに、何か悪い事をした様な気分になってしまう。
そのような感情を抱くのはきっと人それぞれで、僕が潜在的に自分の事を悪人だと思っているから、その様な感情を抱いてしまうのだ。
そのせいなのだろう、僕は自分自身という物に興味を抱かない様にして、普段から他人の事ばかり気にして生きている。そう、僕は薄っすらと気づいているのだ、自分という人間が正常な人間ではないという事に。
そんな事を考えていると、面会室に一人の女性が入って来た。
その瞬間、部屋の空気が一瞬で澄み渡ったのが、はっきりと理解できた。化粧をしていないにも関わらず、テレビに出ているどのモデルよりも整った顔立ちをしており、濡羽色をした長く美しい黒髪に、僕は思わず視線が吸い込まれた。彼女の名は
彼女は幼い頃よりずっと、両親から虐待を受けており、周囲には相談できる相手もおらず一人孤独な生活を送っていた。そんな日々の繰り返しにより蓄積された両親への恨み辛みが、ある日突然爆発し手にかけた……。というのが、ニュースや新聞などで報道されている今回の事件の大体の顛末である。
しかし、今回の事件で一番騒がれているポイントは事件の内容ではなく、彼女が警察の取り調べで放った発言である。
「何故両親を殺そうと思い至ったのか」という質問に対しての彼女の答えは、両親から虐待されていたから……という答えではなく、『ゴミを見つけたら片付けるのは、人として当然の行為でしょ?』と答えたのだ。
編集長はこのニュースを見るなり、とても面白がり、今すぐ取材に行って来いと俺に指示を出した。
そのおかげで久しぶりの休日が潰れ、俺は晴れて十四連勤である。我が社に労働基準法という概念は存在しないのだろうか。
「面会時間は三十分です」
拘置所の職員がいつもの様に面会時間を伝えてくる、その言葉を受け、僕もまたいつもの様に会釈で返事を返した。
「初めまして侭乃鏡華さん」
とりあえず、当たり前だがこちらから社交辞令的に挨拶をする。
「週刊ハッピーダイナマイトという雑誌の記者をしている、
「随分と、ご機嫌な雑誌ですね」
あぁ、やっぱりか……そう呟きたくなる返事が返って来た。挨拶をすれば九割九分この返しが飛んでくる、毎度毎度、雑誌名を言うのが恥ずかしくてたまらない。
「まぁ、そこはあまり気にしないでいただけるとありがたい」
そして、自己紹介は大体この言葉で締めくくる羽目になる。僕は、挨拶をするのが嫌いだ。
「さて、面会時間もあまりないので単刀直入に色々と聞かせていただきたいのですが、答えたくない事等がありましたらお答いただかなくて結構です」
すると早速、彼女が口を開いた。
「あなた以外にも、何名か私の所に来ました。ですが、きっと私の言う事は理解できない、そう言ってインタビューは全て断ってきました。でも、ここに座ってあなたを一目みて確信しました。あなたならきっと、私の気持ちが理解できると思います」
そう言って、彼女は少しだけ微笑んだ。
その時の彼女の瞳は、まるで自分の心の内を全て見通しているかの様な、妖しげな雰囲気を宿していて、僕はその深淵に引きずり込まれそうになった。
「そう……ですか、理解できるかはさておき、話していただけるのであればとても助かります」
彼女の言葉の真意を知るのは、それから少し経ってからの事だった。
私は、両親にとって望まれない子どもだった。
物心ついた時には既に、私は部屋の隅っこに放置されていた。
ご飯は数日に一度しか与えられなかった為、体は瘦せ細り、服は破れてボロボロになるまで買ってもらえなかった。そんな私の姿を見て、近所の住民が児童相談所に通報し、職員が家へとやってきました。
それからというもの、母は私に毎日ご飯を食べさせてくれるようにはなりましたが、父と母の前に並んでいる様な、ちゃんとした物は私の前に並ぶことは無く。衣だけの唐揚げや、汁しかない味噌汁等、ほぼ残飯に近い物しか貰えず、ご飯も前日に残った冷や飯しか口にできませんでした。
そんな生活が続き中学生になった頃、母は私に暴力を振るう様になりました。
最初は1日に数回、頬を叩く程度だったが、それは時が経つにつれて、徐々に酷くなっていきました。
頬を叩くだけでは満足しなくなった母は、私の腹部を蹴ったり、熱湯をかけたり、裸でベランダに放置されたりもしました。
父は、私が母から虐められている所を目撃しても、まるで意に介さなかった。父からすれば、恐らく私は、この世に存在しない物なのだろう。
私は一体、何の為に産まれてきたのだろうか……。
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