幻を想う (花金企画 お題幻想に寄せて)

 暗くなってきた外を眺めながら、今夜は特別な夜になる予感があった。

 

 ベランダの窓を開けると、程よく冷えた夜風が全身を撫でる。

 思いっきり息を吸って気合を入れた。


 あの人が好きな料理を準備して、グラスを二つ並べる。 

 あの人が好きな音楽をかけて電気を消した。

 そして、あの人が買ってくれたトルコランプに火を灯す。


 色とりどりのガラスタイルを散りばめたモザイクランプは、赤、紫、青、緑のグラデーションが美しい。

 その光が四方に散らばると、部屋の壁も色どり豊かな光を宿した。


 さあ、幻想的な時間あいの始まりよ。


 彼と語り合いながら料理とワインに舌鼓を打つ。

 ランプの光の中の彼は、柔らかく微笑んでくれた。


 その後二人で共に眠れば、彼の温もりが優しく私を包み込んでくれる。

 意地っ張りで素直じゃない私は、そんな彼を傷つけてばかりだったけれど、それでも彼はいつでも笑って許してくれた。



 だから、私は勘違いしていたんだわ。

 あなたは永遠に私の傍に居てくれると。


 あの日。

 温もりの無くなった彼を見るまでは……




 交通事故。

 信号無視して飛び込んで来た車は、あの人の命を奪った。


 きっと彼は戸惑っているはずよ。 

 だって私のところへ来る途中だったんだから。

 だからあの世の入り口で引き返して、きっと私を探しているはず。

 

 泣いて泣いて、涙も枯れ果てて……

 そうして私は気づいた。

 

 迷子のあの人に道しるべを灯さなきゃって。


 だからあの人が好きだったトルコランプに火を入れた。

 旅先で買ってきてくれた彩色の光。



 予感は当たったわ。

 あの人は来てくれた。

 光を目指して私の元へ。


 一緒に食べて、語らって、そしていつものように一緒に眠る。


 ベッドに横になった私の背中は、今は冷たいあの人の肌に包まれた。

 でも大丈夫。

 今度は私が温めてあげるから。

 

 あなたの透き通るような笑顔に、私も微笑んで口づける。 

 氷の唇は私の熱を吸い上げてくれた。


 お願いもっと。

 もっと、奪って。

 私の全てを奪って。



 

 涙の残る瞼を開けた。

 綾なす光は効力を失い、カーテンの隙間から差す強烈な日差しが、朝の訪れを告げていた。


 一緒に連れて行って欲しかったのに……


 氷と熱が出会っても、所詮生まれるのは霧の幻想。


 


 私はまた一人、取り残された。


              完



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 ↓

https://kakuyomu.jp/works/16816452219018347348/episodes/16816452220279382758


 


 

 

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