戦闘機は雲の中をゆく。

夕日ゆうや

雲の中の戦闘。

 俺が操縦桿を握り、大空を舞う。

 6Gの負荷が全身を襲う。

 耐Gスーツのお陰でこの程度のGなら耐えられる。圧迫された太ももに違和感を覚える。

 加圧ポンプにより、下半身の血流を抑える。その結果、頭への虚血状態が改善される。

 キーンと鳴り響く僚機。追従すると戦闘機を揺らして合図を送る。

「降下。了解」

『了解。こちらも降下する』

 二機目の僚機が合図を送り、降下を開始する。

 高度1000m。雲の中に突っ込むと反転、機体を目視できる範囲におくと高度を上げる。僚機と同じ高度になるためだ。

 なるほど。雲の中で少し降下してしまったのか。

 レーダーはあるものの雲の中では直観に頼るしかない。その直観が間違っていれば、今回のような高度の差が生まれる。僚機二機は高度を変えていないところを見ると、雲の中でも一定の速度を出していたのだろう。

 雲に入る瞬間の、恐怖心が速度を落とし、高度を下げる結果となってしまったのだ。

 戦闘機にのっている以上、速度を落とすのは危機でしかない。それを頭では分かっているのだが、感覚として、直観として理解はしていないのだ。

 それが分かっている以上、俺は戦闘機の訓練を積まなくてはいけない。

神木かみき。また雲の中で迷子になったのか?』

「……すいません。もう少し練習に付き合ってください」

『了解。早くならせ』

 ふたりの僚機から呆れたようなため息が届くが、俺には聞き届ける道理はない。

 ……いや、分かっている。いつまでも弱点を克服できない俺が悪いのだと。


 日課である戦闘訓練を終えたが、俺はまだ雲が怖い。実体を持たないが、白い壁のように見える。そのまま壁へ突っ込んでいく感覚。それがたまらなく怖いのだ。

「はぁ~」

「あらいやだ。ため息? 若いのに苦労しているわね」

 食堂のおばちゃんが気軽に話しかけてくる。

「訓練で失敗続きで」

「そう言う人は多いわよ。そう! あの恵那も若い頃は失敗ばかりでね~」

「ちょっと! おばちゃん、それは言わない約束でしょ!」

 俺は確認をとろうとするが上官の恵那えなが噛みついてきたことでそれが本当と理解できる。

「もう。おばちゃんは……」

 赤い顔をして火照った顔を冷まそうと手であおぐ恵那。

「そうだったのですね」

「ちょっと! ちょっとだけ失敗しただけだから!」

 怒りを露わにするあたり、失敗はあったようだ。

「だいたい、今の戦闘機は昔と違ってAIやシステムの改善でかなり操縦しやすくなっているんだからね」

「分かっています。ここもそのうち無人機で呑まれるでしょう」

「あんた……。嫌なことを思い出してくれたね」

 今の戦闘機は全自動運転の機械と移り変わろうとしている。血も涙もない戦闘機へとおき変わるのだ。 

 ボタン一つで発進し、ボタン一つで敵を攻撃する――嫌な時代になったものだ。戦闘をただのゲームに変えてしまったのだ。


 俺は再び空へと舞い上がる。

 飛び上がった俺の機体はまたも白い壁――雲に向かう。

《恵那も失敗していた》

 その言葉が頭の中に響く。


 行ける。


 どこからか湧いてきた自信とともに、機体を動かす。そして雲の中へ突っ込む。

 自然と恐怖心はなかった。

 速度を落とすことなく、雲を抜ける。

 僚機と肩を並べて空を飛んでいた。

『やっとか』

『うまくなったな。いい調子』

「ありがとうございます!」

『その直観を忘れるなよ』

「はい」

 自分の直観を信じて飛ぶ。それでいいのだ。

「無人機……か」

 空を飛ぶ楽しさを忘れた鈍色の鉄の塊が空を舞う。追従してきているのだ。

「今日は無人機の訓練だったか」

 鉛のような無人機は飛翔する。それがカラスに見えて、バカラスと揶揄する者も多い。

 降下して着陸すると、無人機に命令を飛ばす管制室が見えてくる。あそこから指示を飛ばしているのだ。逆に言えば管制室を破壊されれば戦えなくなる。

 無人の戦闘機には人のぬくもりなど知りはしない。

 戦闘のいやな音も、血のつく感覚さえも奪っていく。

「それでいいのか、人間よ」

 俺は悲痛な面持ちでバカラスを見やる。

 いとも簡単に雲を突っ切る姿を見て、俺はため息をもらす。


 人間が作った世界なのに、人間が必要なくなる時代がくるのだ。なんとも皮肉な話じゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戦闘機は雲の中をゆく。 夕日ゆうや @PT03wing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ