パープルインザダーク
笹野有耶
欲を満たす者、愛を求める者
第1話 友達として
じめじめとして、暑い日も増えてきた6月。高校三年目の新しいクラスにも慣れてきた頃だ。おおよそ一緒に行動するグループも固まり、オレは内心、安堵していた。上履きを鳴らしながら教室への廊下を歩く。
「比嘉、おはよー」
呼ばれて振り返ると、オレも所属しているいわゆる陽キャグループのメンバー達だった。
「おはよぉー」
「零くんおっはよ!元気なくない?だいじょうぶ?」
グループの紅一点が心配しながらくっついてきた。
「お前が元気すぎなんじゃないの」
いかにも陽キャな茶髪の男子が言う。
「えーうそ!」
場が和んだ、と言うより騒がしくなった。苦手だ。そう思いながらも、オレは笑っていた。
「ねー、昨日のドラマ見た?めっちゃキュンキュンした!」
「あ、見てない、今日見るわ」
「ネタバレだめなタイプ?めっちゃ話したかったんだけど」
「明日まで待ってくれー」
放課後、他愛もない会話が続く。ドラマなんて知らないから、オレはスマホをいじる。恋愛には興味があるが、1人の相手と深く関係を築くのが怖い。承認欲求の塊で金もないので、頻繁にゲイのおっさんに援助交際を持ちかけているし、それから抜け出すのは容易じゃないだろう。おっさんたちはオレといる時は優しいし、他の人間の悪口を言ったりはしない。2人きりだから会話の仲間はずれもない。まぁ特殊な人はいて、傷をつけられたりはするけど。……虚しい。援助交際で、人間と繋がった気になっている自分が阿呆なことくらいはわかる。でも誰かと深く関わり、本当の愛を持つことは怖いのだ。だんだん気分が落ち込み始めたその時、
「比嘉」
いきなり名前を呼ばれ、慌ててスマホを閉じてパッと顔を上げると、オレの長い前髪の隙間から、整った容姿の仏頂面、学級委員長の
「なに?いいんちょ」
他のメンバーは一の圧を感じ、黙りこむ。
「前休んだ時のプリント、あと宿題を出せって、先生から」
要件だけを簡潔に伝え、プリントを渡してきた。
「ありがとぉ」
すぐに小さく折り畳んでポケットにつっこむ、勉強は嫌いだし、プリントは邪魔なだけ。ふと目線を上げると一は、思い出したように言った。
「あと、机に座るのはやめとけよ」
「ゔ、わかったよ」
と返事をして机から降りる前に一は踵を返して自分の席へ戻っていった。一部始終を黙って見ていた陽キャたちが口を開きだす。
「委員長、なんか怖いよなぁ。俺、怒られたくねぇなー」
「えー?委員長かっこ良くない?叱られたーい!」
「いやぁ、デカいし無表情だし、近付き難いしなぁ。なぁ、比嘉。……比嘉?」
うわべだけ見て近付き難いとか叱られたいとか、オレだって同じはずなのに良くわからないがモヤモヤした。そして一に興味を持ったことを自覚した。オレは心の底で見下している奴らとうわべだけの関係を繋いでいるのに、あいつは学生生活の中で群れずに寂しさを感じないのかとか、考えているうちに足は動き出した。
「なぁ、いいんちょ」
一の席の横にしゃがんで、机に頬杖を付き、尋ねた。
「お勉強やってるのしか見たことないけど、趣味ってないの?」
顎に手を当て、少し間を置いて一は答える。
「部活でやっているサッカーは、趣味だな。あと読書か。」
「ふぅん、他は?」
うーん、と一は目を瞑って考え出した。少しして、細い切長の目を開くと、オレに顔を寄せて耳打ちで
「女遊び、とか」
と、表情を変えずに低い声で答えた。
「えっ……」
「うそだよ」
口角をほんの少し上げて声色ひとつ変えずに言い放った。
「だ、だよなぁ!」
オレは不覚にもドギマギしてしまった。オレは今、あの関戸一に、からかわれた。予想していなかった事態に慌てる。本当にうそなのか、本当は本当なのか。混乱して、オレの顔は引き攣った笑顔のままだった。
「おーい、
サッカー部の群れが教室前を通り、一に声を掛けた。
「おう、今行く」
そして、一はオレの方を向いて、少し微笑んで言う。
「比嘉さ、委員長じゃなくて、名前で呼べよ。」
「お……おう!?」
「じゃあ、また明日」
いわゆる『友達認定』に、唖然としているうちに一は去っていた。友達になれるのか、あの男と。好奇心が胸を躍らせ、身体はこれからの波乱を予知して震えていた。
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