第9話咲いた白丁花


 ジー、チャリン。

 朝の白い光が煙るなかで一つの虫がちびちびと瀬野高に来て自転車を置いた。

 またここに来てしまった。ここはほんとに好きではないのだがな、しかしこざるを得ない。

 だが、毎回登校してると学校が嫌いだ虫が、また背中からぞろぞろ這っているのだが、何とか我慢する。

 みんなに会うために学校に来ているのだと思って我慢をしているのだ。美春達に会う以外になにも希望はないし、授業はつまらないしでほんとに友だちがいなかったら学校に来る気力がわかない。

 そう思いながらまた白い湯気のなかを歩こうとしたとき、背後に一つの自転車が寄せた。また、美春か。まあ、良いんだけどさ。今日も東堂院さんのことを聞かれるんだよな。あれから、しつこく聞いてくるし、けっこう憂鬱(ゆううつ)なんだがな。

「今日も東堂院さんのことを聞きに来たのか?美春、残念ながら、そんな物は…………………な。い?」

 僕は振り返りながら言った。今日も美春のリスのような笑顔に会えるのだと思って。だが、振り返った先にはびっくりとした顔になっていた東堂院さんがいた。

「!東堂院さん!」

「あ、ごめんなさい。そんなつもりはなかったの。ただ、ちょっと、お話をしたかっただけで、ごめんなさい」

 そう言ってすまなさそうにしている東堂院さんに僕は天敵から逃げるリスのように心の芯(しん)で慌てつつも、その本当の焦燥感を表に出さずに言った。

「あ」

 そのまま、東堂院さんが自転車をロックするまで僕はそこで突っ立っていた。唐紙が僕と世界に入ってきて、世界を霞ませる。蠟(ろう)に立っている火から出る煙のようなあやふやな世界に僕は引き込まれ出れなくなった。

 そして、ほどなく東堂院さんはロックを終えた。

「あ」

 東堂院さんは僕を見て恥ずかしそうに目を外した。東堂院さんもどうして良いかわからないようだな。そして、僕のほうも混乱の渦に陥ってどうすることもできずに巻き込まれていった。

 そのまま、しばらくそれに流されていたが、あまりにも流されても仕方ないな、と思って僕は岸へ上がった。

 僕は東堂院さんの方に一歩足を進めた。そして、ちょっと会釈していった。

「おはよう、東堂院さん」

「あ」

 それにぽかんとしていた、東堂院さんも恥ずかしそうに胸のまで手を組んでこう言った。

「おはようございます」

 撃沈。二人とも仲良くするためにはなった有効の手が魚雷となって発射されて船が沈んだ。

 いやいや!船が沈んでばかりでいてどうする!何か言わないと進展がないし、何か言わないと……………。

 僕はそう思ったが、東堂院さんの前にすると心臓がどぎまぎして話せなかった。涼やかなミントの香りが僕の心を甘酸っぱい(あまずっぱい)強度のグレネードがずっと炸裂した。

「あ」

 東堂院さんは胸の前で手をもじもじさせながら、難色の色の糸が動いているアニメのように口をもごもごさせていた。

「笹原君………………」

 しかし、その白鳥の声は、別方向から来たどら猫によってかき消された。

「おっはよー!香澄(かすみ)!今日も良い天気だ………………って、なにしてるのあなたたち?」

 ぽつんと疑問の雫(しずく)が落ちた。そして、その雫(しずく)が湖(みずうみ)の水面に衝撃を与え続けた。

「あ」

 東堂院さんはちょっと横目を見ながら固まっていたが、すぐに夏木さんに向かってひまわりの三日城を見せた。

「ううん、なんでもないよ。さ、いこ。授業に遅れちゃう」

「あ、ううん。そうだね」

 美奈さんは釈然(しゃくぜん)としない顔をしていたが、東堂院さんに引っ張られるように流されていった。

「あ」

 そして、僕が残った。花壇で咲いていた白丁花がただ一人で風に揺れていた。


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