第34話「aFter schOOL」

 五限の後もC組を見に行ったが、さしたる変化はなく、六限が終わり、放課後になった。


 悠の調査により、七緒の中学時代の同級生に話を聞くことになった。

 彼女は初め、話をするのを躊躇っていたが、何度も頼み込んでなんとか説得した。


 生徒のいなくなった教室で、互いに他人と知人の中間のような距離間を保ち、言葉を交わした。


「中学時代の七緒さんはどんな感じだった?」

 先生から話は聞いているが、情報は多いに越したことはないだろう。


「えっと……活発で、いつも元気というか、ムードメーカーでみんなのまとめ役、みたいな……」


 俯き加減で呟くように話す。人のことを影で言うのは気が引ける、さらにはそれがどこかへ漏れてしまって自身の立場が危うくなる、そういった事を気にしているのだろうか。学校という場所では無理もない。


「今の七緒さんとはぜんぜん違うね」


「それは……」


 口ごもる。なにか後ろ暗いことでもあるのか。先程のことか?

「そんなに固くならなくていいよ。このことは誰にも言わないから」

 と言っても、簡単には信じてくれないか。今、知り合ったばかりだしな。


「はい……」


「じゃあ、こうしよう。もしこの事がバレたら、俺に無理やり話すよう脅されたって言えばいい」


「え……」

 顔を上げてこちらを見る。そんなに意外だったのか。


「そうすれば、まあ、確実とは言えないけど、ほとんどの罪を俺が被ることで収まるんじゃないかな? 丸くとは行かないかもしれないけど」


「で、でもそれじゃ……!」


 小鳥のような声が少し甲高くなった。


「大丈夫。俺のことは心配しなくていいから。これでも喧嘩には慣れてるし、色々格闘技もかじってる。前に住んでたとこの中学では、番長で通ってて、高校生や悪い大人まで俺には手出しできなかったくらいだから」

 えっへん。ボク、やんちゃ坊主だったのら!

 しかし、


「そんなあからさまな嘘でごまかさないでよ……」


 彼女は視線を落としていて、

「いや、嘘じゃ……」


「志津馬君は知らないんでしょ……」


「え?」

 次に視線を上げたときには、


「いじめられることがどれだけ怖くて苦しくて悲しいか、知らないんでしょ!」


 小鳥遊さんの瞳は泣いていた。

 彼女は立ち上がり、俺を置いていこうとする。

 だから彼女の手を掴み、こう言った。

「知ってるよ」

 続けて、

「知ってる。俺はそれが原因で自殺したんだ。未遂だけどね」

 すると彼女は振り返り、俺の瞳をじっと見つめてきた。

 まるでその時の記憶を、瞳を通して確かめるように。





「だから言ったろ? 嘘じゃないって」


「ううん。あれは嘘。絶対ウソ」

 ありえないから、そんな漫画みたいなの、と続ける小鳥遊とは、いつの間にか打ち解けていた。

 彼女の話によると、中学時代の七緒は、先述の通りの人物だったらしい。七緒とクラスが同じだった時、小鳥遊はいじめに悩まされていたそうだが、彼女を励まし、いじめから守ってくれたのが七緒だったそうだ。

 中学時代の七緒は、いつもそんな感じだったらしい。快活で、悪を許さず、弱きを守るヒーロー、いや、ヒロインか。

 昔の彼女を知る人は誰もがこう呼ぶ。正義の味方、と。小鳥遊の話によればだが。





          ◆





 C組までやってくると、A・B組もそうだったが、人の出が多くなっていた。みな、それぞれの部活へ行かなければならないのだろう。


 人が蟻の如く連なって出ていく中で、休み時間をかけて見てきた中心付近の席に視線をやった。けれどもその席の主はおらず、机に椅子が押し込まれていて多少動揺した。……下校したのだろうか、そう思い生徒玄関に向かって走ることも考えたが、まずは人に聞いてみたほうが良いだろう、と思い直して気を落ち着けた。


 今しがた出入り口から出てきた男子生徒に声を掛けた。すると、風采が上がらない男子は、俺の顔を見て何かに気づいた様子で、


「君、SHRの前に扉の前で立ってただろ?」


 と、訳知り顔をして訊いてきた。


 そうか、顔を覚えられていたか、そう思いながら頬をかいて質問に答えた。

「ああ、七緒さんにちょっと用があって」


 それを聞いた中肉中背の彼は、途端にいやらしい顔つきになり、


「ははあ。君もああいうのが好みのタイプなわけか。まあ、わかるよ。僕も容姿だけなら七緒さんは良いと思うからさ」


 阿るようにそんなことを言う。続けて、


「でもね、性格がだめだね。どこかお高く止まってるっていうかさ、何を考えてるかわからないし。あれかな、腹黒いっていうのかな。いつも綺麗な作り笑顔でいるけど、あれはあれでちょっと不気味だよ」


 まるで井戸端会議をする主婦のように論った。

 家族を蔑まされたような気分を作り、拳を握りしめかけたが、聞こえないように息を吐き、力を抜いた。

 冷静さを取り戻すと、情報収集のために言葉を継ぐ。

「でも、評判はいいだろ?」

 悠がそう言っていたはずだ。


 まあね、と間の手を入れてから、


「でも、面の皮が厚いだけだよ。文字通りね。勉強ができるし見た目もいいから、心の底では周りを見下してるんだよ」


 と憚ることなくルサンチマンを吐き出す。


 面の皮が厚い……つまり外面がいいということと、その外面にそつがなさすぎて気持ち悪い、という意味をかけて言ったのだろう。元の意味は違うが、鉄面皮という言葉もあるように、この男にしては頑張った例えなのかもしれない。秀才か凡人か、善人か悪人かも第一印象だけで決めつけるのはよくないが……。


「なんて言うかさ、壁が厚すぎるんだよね、彼女。よそ行きの顔が出来過ぎてて近寄りがたいっていうか」


 さきほどから曖昧模糊とした表現が多く、発言にバイアスがかかっている気がする。だがそれも順当なのかもしれない。彼は七緒水月の外側のみしか見ていない。おそらく彼女と碌に接することもなく、想像ばかりが先走ってしまっているのだろう。彼女がどういう人間かは、歩み寄って……いや、近寄ってみなければわからないというのに。


「で、もしかして用って、告ることだったり?」


 しばらく無言でいたせいか、誤解が飛躍してしまったようだ。しゃべくる手合は、放っておくとこうなるから始末に負えない。

「いや、ほんとに話がしたいだけなんだ」

 いまさらながら誤解を解こうとすると、にやけ顔を作り、


「ははっ、それって、告るって言ってるも同然じゃん。君、わかりやすいなあ」


 性格まで決めつけられてしまう。どうやら上滑りの暴走は止まらないらしい。こうなってしまっては誤解を解くのも面倒臭い。度し難いその暴走にこちらも乗っかってしまった方が早いだろう。

「まあ……そういうわけなんだ。でも七緒さん見当たらなくてさ、もしかしてもう帰ったかな?」

 後頭部に手を当てて恥ずかしそうなふりをする。事を円滑に運ぶためには、演技も必要だ。面の皮、というやつも、理不尽で不条理で妥協の必要な社会では、どうしても不可欠で肝要なものなのだろう。


 余計なことを考えている間、彼は記憶を手繰っていたようだ。うーん、と唸っている。そして、「多分……」と頼りなさげに口を開いた後、


「廊下の突き当りで、階段側に曲がったから、二階か、それより上の階に行ったんだと思う」


 と、有力な情報を提供してくれた。


「そっか。じゃあ上の階に行ってみるよ。ありがとう」

 フレンドリーに礼を言って歩き出すと、軽佻浮薄の唾棄しかける木っ端は、


「がんばれよー」


 と背に声を掛けてくれた。

 呆れが礼に来そうだ、と苦笑しながら階段に向かって足を動かした。


 さて。七緒は上階に上がったらしいが、彼女の行きそうなところといえば……。

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