第32話「miSunderstAndical thiNKing4」

 ドライヤーで髪を乾かし、ジャージを着て風呂場を出た。すぐに自室へ向かう。


 階段を上がり、部屋に入ると、勉強机の前に据えられたデスクチェアへ深く腰掛けた。熱を持った体を内から冷ますため、ふう、と息を吐く。


 五分ほど熱が引くのを待ってから、思議を再開した。


 部長との遭遇について、気に掛かっていたことがある。

 あの時、俺は談話部を見学するために三階へ来ていた。そこで部長と出くわし、衝突した。これは果たして、偶然だろうか。部の見学をしようとしていたところに、その部の部長と鉢合わせる。確かに、可能性としてあり得なくはない。でもこうは考えられないか。部長は、俺を勧誘するために尾けていたと。尾けていたから衝突してしまったと。部長と衝突したのは曲がり角直後、内壁の間近でだ。尾けていたのだとすれば、壁に隠れて窺っていたのではないか。そのように推測すると、なぜ俺を勧誘しようとしたのか、という疑問が湧く。それはもちろん部に所属していなかったからだろうが、一番の理由は、俺が七緒水月を知らなかったからだろう。では、部長はそれをどこで知ったのか。それには一つ当てがある。明日、先生に訊いてみることにしよう。


 足と腕を組み、思考の転換を図った。


 おそらく、部長は自分を知らない人間を探していたのだ。知らない人間を集め、同好会を作ろうとした、そう見做すのが妥当である気がする。すると、七鳥と花崎にも目を付けていた、ということも言える。喫茶店でアルバイトをしていた七鳥を事前に見つけ、校内の有名人である自分に一向に気づかない彼女を見て、折を見て勧誘しようと思った。花崎も、図書館に通い、自分を知らないか否かを事前に調べていた。だから、行く場所に同じ学校の生徒がいて、そのどちらもが七緒を知らない、という様相になったのではないか。


 なんとなく腰を上げ、ベッドにだらしなく大の字になった。天井をぼんやり眺めながら、胸の上で手を組む。


 談話部。部は存在しなかった。七緒が作ろうとしているだけだった。ないのも当然だ。彼女は俺と同じ、一年なのだから。もともと部があれば別だが、一年で部長を務めることはあまりないだろうし、部を作るには、愛好会か同好会で実績を残して、それが評価されてからだ。入学したてで新設するのは、どう考えても難しい。顧問・部員候補を探し、設立申請、それだけでも骨の折れることだろう。


 あるはずのない談話部に入部することになったのは、先生の差金だ。これはほぼ間違いない。なぜなら、先生が報告を受けたからだ。さも談話部という部があるかのように。

 談話部という存在しない部の名前を聞いて、担任教師が疑問を浮かべないわけがない。とどのつまり、先生は談話部という部など本当はないことを承知の上だったのだ。

 そこから推察できることは、先生は悠に存在しない部を教え、俺を構成員にしようとした、ということだろう。先生と部長が共謀していたかは不明だが、先生の方は部長の事情を知っていたはずだ。そうでなければ、先生の行動理由が成り立たない。となれば、あるいは先生は、部長に顧問などを頼まれていたのかもしれない。


 要するに、騙されたのだ。部長だけでなく、先生にも。

 先生は言った。「あなたは騙されたと思うでしょう」、と。その後で、部長を「変人」と言った。これはおかしい。騙されたと思う、と予言しておきながら、その答えを教えているのだから。これでは、あらかじめ知ってしまっている俺は騙されたと思えない。確かに、第二会議室で部長の変貌を見て騙されたと思った。しかしそれさえも間接的にではあるが言及していた。

 つまるところ、先生のあの言葉は予言であり、「自分にも騙されたと思うでしょう」という、二重の意味を持っていたと推測できるのだ。

 それに続く言葉は、俺が感情的になった時の抑止力だ。あの言葉がなかったら、疑問よりも不可解さに困惑し、部長を理解しようとは思えなかったかもしれない。

 そして最後の言。あれは先生の切々たる願いだ。


 先生が、嘘をついてまで俺に見極めてほしいもの。それは七緒水月という人物。そして――。



 七緒水月――変人――部長――嘘――談話部――勧誘。


 それらの行き着くところが、ただ一つの理由であるのなら。

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