第30話「miSunderstAndical thiNKing2」

 肉じゃがを口に入れ、次いで白飯を頬張る。その、体が喜びを感じる行為を無心で繰り返しながら、脇に避けておいた思考を正面に持ってきた。


 部長と七緒水月。俺は部長の面しか知らなかった。でも、ほとんどの人が知っているのは三日月の方だった。なら俺が見た部長は……、昨日、第二会議室で話した部長は……、なんなのか。翻って、DIDでないと仮定した場合、性格が変わったのではなく、変えた、と考えられる。故意にしろ、やむなくにしろ。


 そもそも、いつから部長がああいう人物だと思い込んでいたのだろう。部長に出会ったのは、三階の廊下で殴られた時だ。でも、その時は顔を見ることもできず、気絶させられた。完全に対面したのは第二会議室で、だ。そこで会った部長は眼鏡をかけていて、ふざけたことは言わなかったものの、俺の知っている部長と先程とは変わらなかった。そこから言えることは、部長は俺を騙すために髪型を変え、眼鏡を掛け、性格も変えたということだ。課業中は七緒の容姿・性格で、俺といる時だけ別人装っていたということ。なぜそんなことをしたのか。七緒だと知られたくなかったからか? なら、どうして七緒だと知られたくなかったのだろう。


「禎生、あんた部活決まったの?」


 唐突に、カウンターキッチンの内側から声を掛けられた。そのせいで少し驚いてしまい、図らずも咀嚼の甘い肉じゃがと白飯を嚥下してしまった。掛けられた言葉は数秒待ちぼうけとなり、茶を飲んで喉を潤す間宙ぶらりんとなった。


「一応」

 と言うと、ストレートパーマをかけたロングの髪を揺らしながら顔を上げ、視線をこちらに向ける。


「へえ、何部?」


 シャツにジーパンというラフな出で立ちにエプロンをかけた我が母だが、夕方までパートだったので見事に化けている。その、遠目に見ると美人に見えなくもない、という顔で、どこの部に入ったかと訊いてきた。


「談話部」

 答えてから肉じゃがと白飯のコラボを再開する。


「談話部? なんか楽そうな名前ね。お菓子食べながらだべったりしそう。こたつに入って」


 シンクの中でカチャカチャ言わせながらそんなことを言う。ほんのり苦い人参を味わいながらほんのり苦い嫌悪感を覚えて思った。この親にしてこの子ありか、と。……他人事じゃねえ。


「大体そんなイメージ」

 と、嚥下してから言った。こたつには入ってないが。


「カワイイ子いる?」


 急ににやけ笑いを作って訊いてくる。何がそんなに楽しいのかわからないが、ったくこれだからこの母親は、と思わざるをえない。


 牛肉を噛みしめながらなんとなく答えた。

「かわいいっちゃかわいいけど、美人って言ったほうが合ってるかも。……てか俺とその子の二人しか部員いないし。……てか今日わかったけど部活なかったし」

 すると、描いた眉を寄せ、


「部活がない? どういうことよそれ。ない部活に入ってたってこと?」


 食器乾燥機の中に食器を立てかけながら疑問符を連続で浮かべる。


「そういうこと」

 自分でも改めて確認した。存在しない部に入っていたことを。存在しない部に入っていたって言葉も今、考えると矛盾しているわけだが。


「あんた気をつけなさいよー。今は学生で、騙されても大した騒ぎにはならないかもしれないけど、大人になって騙されたらタダじゃすまないことも多いんだからー」


 食器を洗い流すのをやめて、腰に手を当てて忠告してくる。ああ、出た。お得意のお小言が。箸の上げ下ろしにも一々苦言を呈されるのは、ちょっとうんざりする。折に触れて注意される身にもなってほしいとは思うが、自分が将来、子供を持った時、同じように思われることを考えると、親って大変だな、くらいの感想は出てくるものだ。


「へいへい。甘い言葉に騙されないよう、よーく気をつけますよ」

 と面倒臭さを前面に出して言うと、


「はいは一回」


 真顔。


「はい」


 最後の牛肉を口に入れ、白飯の残りをかきこんだ。噛み熟して、嚥下し、ほうじ茶で喉を潤すと、

「ごちそうさま」

 手を合わせて挨拶。そして椅子から立ち上がると、


「今日部活だったの?」


 食器洗いを済ませて手を拭きながら訊いてきた。


「そう」

 高校に入って初めての部活動だったわけだが、それは部活動だと思い込んでいただけで、ただの放課後遊びだったのだろうか。俺は部活動だと思い込んでいたが、部長はどう考えていたのだろう。と思考の淵へ落ちかけていると、


「楽しかった?」


 どこか期待するように、そんなことを。


「うーん……」と、唸りながら頭を捻り、「まあ、楽しかったかな……うん」と、色々思い出しながら答えた。


 すると、にぱっと花を咲かせ、


「そっか。じゃあ良かったじゃない。部がなかったのは残念だったけどね」


 ポジティブシンキングを、手に無理やり握らせる。


 言葉に詰まり、されど間を置いて「うん」、と答え、握らされたそれをポケットに入れてすっと背を向けた。

「風呂入ってくるわ」


 溜飲を下げる。


 白旗である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る