第25話「PEAch & cocoNUT」
ただ横行しているだけなのでは……。そんな疑問を胸に歩んで着いたところはと言うと……。
ペットショップでした。
ああそう。そういうこと。俺は犬や猫と変わらないと。そう言いたいわけですねおどれは。
学園から一番近い商店街にあったその店舗は、左右の建物に圧縮されるように小じんまりとしていて、看板にはこう書かれていた。
――ペットショップ モモ&ココ――
モモの文字の上には猫の、ココの文字の上には犬のシルエットが描かれていて、モモとココはモモとココの上に乗っかっている。
……モコモコ? ……進化前かしら?
なんて考えていたら、ふてぶてしさの権化が力を発揮した。
「さ、仲間を探しに行くぞ?」
輝くような笑みを湛えてこちらを向く。
「サノバッ……!」
さっきから畜生畜生ってこん畜生め。
静かなる怒りを聞いてか聞かずか、一人自動ドアをくぐる権化。それに続いて入店する。すると、店内は外と一線を画する様相だった。
言うなればそれは、ペットワールド。ペットの、ペットによる、ペットのための世界。まさしくそれが形成されていたのである。ごめん言い過ぎた。ペットを飼う人のための世界、の方が正しかった。切ないね。
普段目にすることのない空間に呆然とし、半分思考を停止したような状態で視線を動かしていく。
子犬や子猫が入れられたショーケースがずらりと並べられ、ペット用品を囲むように配置されている。
※注意。ここより先、二段は犬・猫用品に興味のない人は読み飛ばしていただいて構いません。
犬のスペースでは……。赤・緑・紫・黄色に袋が彩られたドッグフード。ササミや骨のおやつ。シンプルなものや派手なもの、かわいらしいものまである水入れ・餌入れ。蛍光色に光る首輪・ハーネス・リード・名札やタグ。おもちゃは投げるもの・光るもの・噛むもの・音の出るもの。お出かけ用のキャリーバッグ。大小様々な小屋・ケージに、ベッド・ソファ・ブランケット。加えてTシャツ・帽子・レインコート・靴類・リュック。トイレシートなどの衛生用品。ブラシ・くし・バリカン・トリミング用品・爪切り・シャンプー・リンス。
猫のスペースでは犬のものと同類もあるが……。おもちゃはまたたび・猫じゃらしを模したもの、魚・ねずみに似せたぬいぐるみ。先についた羽のようなもので猫を釣り上げる竿。ノミ・ダニ予防の医薬品。ちょっとした城かと見紛いそうな豪華なキャットタワー。トイレ本体と猫砂。
多数多量、大量厖大、とでも言えばいいのか。一言で表すなら……そう、盛りだくさん。「当店は他店にない品揃えの豊富さを売りとしております、はい」ってな感じ。ペット用品ってこんなにあんのかー。
にしても犬と猫って……人と変わらないじゃん。やっぱり犬猫は動物の中でも上流階級なのかな。……あれだな、コーヒーと似てるわ、犬と猫。あれ、でも馬とかワニとかカメレオンとか、すごい価格のペットもいるしな……うーん。
人と獣の共存、その形の一つを思い、植物との類似点に気付き、面白みに感慨深い気持ちとなった。
「いらっしゃいませー」
ミディアムのお姉さんがカウンターから挨拶してきた。青眼の目付きで(ドラゴンだよ)。
お姉さんはいろいろとミディアムで、しかも店と客とをつなぐミディアム(媒体)でもある。あんまりミディアムミディアムしてるせいで、あだ名はメディアさんにしよう、なんて思ってしまったくらい。(……二十一。間違いない)
「いらっしゃい、みーちゃん。また来たね」
いわゆるスマイル0円とは毛色が違う、親しみの込もった表情を向けるお姉さん。またか。またこのパターンか。もう慣れてきたぞ、この予定調和。
「はい、一日一回はここに来ないとやってら落ち着きませんから」
言い直したよね? 今絶対言い直したよね? やってられないとか言いそうになっただろ、絶対。
「ふふ、ここの子たちも嬉しいって」
部長の九十度カーブを物ともせず、微笑みを絶やさないお姉さん。さすが王女。
……確かに部長が入店した途端、ショーケースの中の犬やら猫やらが賑々しくなった。今でも四方八方のにゃんことわんこが壁ドンを繰り返している。……壁ドンじゃねえな、ショルダータックルだわ、あれ。
ひっきりなしにぴょんこらぴょんこらするさまはまさに大騒ぎで、この現象を名付けるとしたら、わんにゃん狂想曲、もしくはわんにゃん狂騒曲が妥当ではないかと思う。
ちなみにわんにゃんラプソディーだと語感はいいが間違いで、この場合はわんにゃんカプリッチョが正解(ラプソディーは狂詩曲なんだって)。...多分、甘噛みされまくることを表現した曲なんだろうなあ。カプッ、キュン。
「嬉しさなら、私の方が数段上です」
とりとめのない思考に没頭していたら、例に違わず意地を張りだした。昂然と腕を組み、得々たるご様子である。
なんでこの人は店員に対抗したがるのか、と疑念を抱いて行動パターンを読んでいると、
「そんなことないよ。みんなみーちゃんのこと、うずうずしながら待ってるんだから」
なぜか乗ってくるお姉さん。王女はどこ行った。王女は。
にしてもそこまで懐いてんのか。どんだけ通ってんだこの人。
「それでも私には敵わないと思います。なにせ私は夢の中にまで出てくるくらいですから」
ふふん、イブキみたいに鼻を伸ばす。なぜそこで自慢気なのかがわからない。(やべえ。イブキが何のネタかわからねえ……)
ははあ、つまり部長の頭の中がわんにゃんカプリッチョということですね。毎日ベッドの中で毛むくじゃらに囲まれて、モフモフモフモフ……。幸せな人だなあ。
「まあいいよ。それは実際にやってみればわかることだしね」
てな感じで好戦的なメディア様。今度は何が始まるんだろう。わんにゃん大戦争でも起こす気?
脳内で戯けてばかりいると、メディア様がこちらに視線を移してきた。そしてまた部長に戻し、
「ねえねえ、さっきから気になってたんだけど、この人ってみーちゃんの彼氏?」
降って湧いたような疑問をぶん投げてきた。――おおっと。なかなかの直球で来ましたねお姉さん。そういう、大胆な女性も好きですよ? とジゴロぶることはできず、「はにゃ!?」とキョドってしまう。この世界の片隅で。
部長は少し眉根を寄せてから、まあ、そんなところかな、とでも言うように、
「そうですね……。犬未満、彼氏未満といったところです」
「おおいッ!?」
それ未満しかないぞ!? 犬ですらないってことか! さっきと話違うぞ!
反駁しかけると、
「あ、やっぱりー?」
やっぱり!? やっぱりってなんだこら!? 年上だろうと容赦しねえぞ! いいんだな? 俺を挑発して! どうなってもしらねえぞっ! このモブ脇役のいいとこなしの王女様!! ……う、うっ、うっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁん!
心内〈こころうち〉でしばらく泣いた。
……う、うっ、ぐすっ。泣いていても仕方がない。打ちひしがれてるだけじゃ、世界は変わらないんだ。変えるためには、自分が変わらないと。
空気を知らない部長に期待はせず、自分から動くことにした。
「はぁ。俺、新入部員なんです」
はぁ。俺、練乳プリンなんです。……うん、練乳プリン。ほら、甘いでしょ? すごく。こんな部活に入っちゃって、ホント考えが甘いなーって。そう思ったの……。も、り、なが
ー。
「へえ、そうなんだ。良かったね」
部長を見て朗らかに笑った。それに対し、今まで見たことのないような顔でにっこりする。
「良かったな、志津馬君」
「なんで俺のこと見てんですか。部長のことでしょうに」
そんな、私も嬉しいよ、みたいに言われてもリアクションに困るわ。
「ふふふ。いい子で良かったじゃない」
くすくす笑ったあと、再度言う。どこか照れくさそうに部長は破顔して、
「ええ。良かったです……」
それを見て、ほんのりとあたたかい気持ちになった。そっか。部長、俺が入部したこと良かったって思ってくれてるんだ。まあ、廃部を免れる事ができたんだから、多少は感謝されてるだろうと思ってたけど、こうやって誰かの目の前で言われると、感慨深いっていうか、ちょっと恥ずかs――
「いい子でいられて」
なんでやねーん。
「それじゃさっきと逆でしょうが! いい子は俺のことですよ!」
あべこべだよ! とんちんかんだよ! ほめられてねえよ!
と指摘したら急に軽蔑するように白眼視し、
「うわー。自分で自分をいい子とか……どんだけナルだし……。キモー……」
突然現れたギャルを前に、俺は、
え、え、えええー…………。
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