第24話「’hoton’ interlu’de’」

 某日。校内にて。

 悠は志津馬の依頼通り、部長を調査していた。加えて談話部のことも。

 談話部についてはおおよそ調査済みで、ある発見があったのだが、今はそれを置いて部長を調べているところである。

 放課後、談話部と七緒水月が関係していることを知った悠は、三階の第二会議室に向かう途中であった。

 直感に任せ聞き込みをしていた悠は、廊下を歩いて来た女子にも声をかけた。


「すみません。今、いいですか?」


 女子は少し戸惑った様子を見せ、されど質問には首肯を返した。





         ◆





 七鳥は今日もバイトらしい。花崎は図書館司書の手伝いがあるから来れないとか。……うーん、みんな色んな事情があるんだなあ。というのは建前で、本音は「バイトに専念したいから」と「笑える本を読みたいから」というサボタージュ。そう、最初から二人共コレを狙っていたわけである。(ゆるい部活なら幽霊部員でも構わないんじゃね……?)的な。つまり部活の強制を掻い潜るための隠れ蓑にされたわけだ、うちの部活が。何という卑劣な手口……! 俺も最初からそうしておけばよかったぜぇ……!! まあ、七鳥はカフワに行けば会えるからマシなんだけど。でも、花崎は図書館に行かないと会えないからネックなのよね。カフワは部長先導でよく行くから。いや~、困った困った。どうすればいいかな~。う~ん。…………。――どうにでもなっちゃえ☆





 花崎の入部宣言から何日か後。カフワを出て。


 ふと、人通りのまばらな歩道から西の空に視線をやると、陽は見えなくなっていた。残るのは揺らめく炎のような残照だけである。

 心静める陽光を見、七十年代の名曲に思いを馳せていると、部長が徐に言った。


「召使いがほしい……」


 よーし。どうしよっかなー、このヴァカ。一時間くらい無視してやろうか。そしたら多少は大人しくなるかもしれない。


 王様はポンッ! と手を叩いて振り返ったかと思うと、


「あ、もういたわ一匹!」

 プッチン☆ 

「Shut the FUCK up now!!! bitch!」(その小汚ねえ穴を今すぐ縫い付けて閉じやがってください、万年発情お犬様! みたいな意味。悪い子でも真似したらだめだよ)

 野放図に相好を崩した人非人に叫んだ。


 こ、こいつ……。人のこと家畜呼ばわりか。それとも卑しい奴って言いたいわけか? 俺が紳士的じゃなかったら胸倉つかまれててもおかしくないぞ。……まあいい。いいからとにかく…………こっち見んな。


「ということで、付いてきてくれ」


 言うが早いか諾否も問わず歩き出す。漆黒の尻尾を遊ばせながら。すれいぷにぷに。すれいぷにぷに。


 何がということでなのかさっぱりだが、もしかすると部長は、また一人部員を増やす気でいるのかもしれない。それはもうあれだ。被害者にはご愁傷様と言う他ない。



 Pleasure to talk you. ありがとう。





         ◆





 路地裏同盟の一員とは思えないが、何かと路地裏を通りたがるカラスかネズミのような部長に続いていると、突然クラクションがけたたましく鳴った。

 振り返ると、後方から乗用車が迫ってきており、大惨事を予感して――、

「ウォウウォウウォウウォウストップストップストップストーーー!!!」

 制止の構えで大声を出した。が、そんな言葉で車が止められるわけもなく、眼前まで迫ったそれをスローモーションで見ていると…………、車体の前面が足に減り込み、骨が折れる激痛が走った瞬間――


「ップッ」


 ――人形のようにボンネットに体を打ちつけて跳ね飛ばされた。



 あまりに鮮明な夢を見た気がした。


 車体は体の数ミリ手前で静止し、ボンネットに体を打ち付けることもなかったし、跳ね飛ばされてもいない。

 しかし……。あれは本当に夢だったか? あまりに現実的……いや、まさに現実に思えた。

 夢ではない、本当に起こったことだと、なぜか確信を持って言える。それは……。


「君! 大丈夫かい? 怪我はない!?」


 車の方へ振り向くと、そこにはなんと……、


「マーリィ!?」

 マーリィがいた。ディロリアンと一緒に。


「はは。いや、違うんだ。僕の名前はマーフィだ。マーフィ・エビフライ」


「マ、マーフィ・え……What!?」

 マーリィがマーリィじゃない……? そんなバカな。そのジャケットを着た青年がマーリィじゃなかったら、誰がマーリィっていうんだよ……。


「エビフライ。マーフィ・エビフライさ」


 何気なくそう答えるマーリィ。それと名前があまりに噛み合いなさすぎて可笑しくなってしまった。


「Ebi-fry? マーリィ? Did you say Ebi-fry? ぶっ……ぶふーッッッ! エビフライ……! ……エビフだっはははははははははらっはっは! そりゃないぜマーリィ!」

 久しぶりに腹抱えて笑った。体よじったのも久しぶりだ。


「そ、そんなにおかしかったかな……。参ったな……」


 後頭部を押さえる。それを見たら図書館少女のことを思い出して、申し訳なくなってきた。


「あー。んんっ。すまないマーリィ。君があまりにおかしなことを言い出すもんだから、こらえきれなかったんだよ。許して」

 手を合わせて非礼を詫びる。クンダーラ。

 天下のマーリィに俺はなんてことを……。しかしエビフライって……プププ! 


「何度も言うけど、僕はマーフィなんだ。いきなりで信じられないかも知れないけど、そうでないとこの世界は滅亡してしまう」


 神妙な面持ちで突然壮大なことを言い出した。だが彼の言う事なら信憑性はあるはずだ。


「世界が滅亡? 君がマーリィだと?」

 マーリィがマーリィだとこの世界が滅ぶ!? What the how is……!?


「ああ。色々な過去と未来を見てきたけど、ここで僕がマーリィという存在だと、この世界は確実に滅ぶはずだ」


「オーマイ……ガッッッデァムィットゥ! オーライ、オーライ。アイ・アンダーストゥードゥ。つまり君はまゆしいスーパーニュークリアボムってことだな?」


 この世界線ではマーリィは生きていてはいけないのだ。知らんけど。


「Mayusyか。途中で彼女を見かけたけど、そうだね、たしかに僕も似たような感じかもしれない。……その名前はちょっとどうかと思うけど」


 悲しげな表情を宿してからぼそっと呟くマーフィに、


「じゃあこれからはマーフィ・ニュークリアボムって呼ぶよ」


「それだとエビフライのほうがいいかな……」

「ならエディ?」

「滅亡だね」

「フリードマン」

「終わりだ」

「スカル」

「骸骨すら残らない」

「スコセッシ」

「二文字違いで三分の一消滅」

「フェルドマン」

「Oh~! What a shit!!!(なんてスゲえやつだ!!!)」←誉め言葉だよ。

「仕方ないな。マーフィで妥協しよう。ディオ?」

 手を出すと、

「ディオ」

 そう言って、俺達は固い握手を交わした。

 次にずっと気になっていたものに目をやり、


「ところでそれは…………あー……セロリアン?」


「いや、ペロリアンだよ」


「pr……。なんかネット色魔か変態高校生のあだ名みたいな名前だね」

 アルターエゴprpr(*´ω`*)。


「俺もペロリアンに乗りたいんだけど……だめ?」

 慎ましくお願いすると、


「大人しくしてるならいいけど……でも、今はそれどころじゃないんだ」


 真剣な眼差しを向けてきた。


「それどころじゃない? 目の前にペロリアンがあって、それに乗れば時間旅行ができるっていうのにそれどころじゃないって? ――どう考えてもそれどころだよマーリィ!」

「マーフィ」

 諭すように。

「マーフィ」

 頷いた。


「んんっ。いいや、それがそれどころなんだ。さっきも言っただろう。世界がヤバいって」


 気を取り直して間違われたので、


「ヤバいじゃなくて滅亡だろ? 君がマーティだと云々の」


「いや、その話とはまた違うんだ。違わないかも知れないけど、今のところは違うんじゃないかと僕は思ってる」


 神妙な面持ちで言う。


「今はわからないってこと?」


「ああ。それで話を戻すと、僕がマーt――マーリィでないことで、世界滅亡は免れることにはなったんだけど、でもなぜか、それでもある国だけは滅亡を免れないことがわかったんだ。それが……」


 アーイ got it!!!


「世界滅亡を免れる方法はわかったけど、日本沈没を防ぐ方法がわからないって?」


「そうなんだ。申し訳ないけど……今のままだと滅んでしまうらしい」


「どんなふうに?」


「それが……日本だけなぜか太陽が当たらなくなるみたいなんだ」


「太陽が当たらなくなる? 日本だけ? そりゃどういう――」


「太陽が当たらない――つまり太陽の恩恵を得られず、ずっと夜になるってことなんだけど……それによる弊害で日本は滅ぶらしい」


 ハリウッド映画のような挙動で流暢に説明してくれる。マジカッコイイ。


「日が当たらないと……作物が育たない、か。それが一番の痛手かな? でもそれぐらいだと国が滅んだりしないんじゃ?」

 頭があってないようなもんだからよーわからんけど。


「たしかにそれだけならそんなことにはならない。でも作物だけじゃなく、日が当たらなくなったことで魚介類が採れなくなったり、日本特有の生産物がほとんど作れなくなってしまう。日本の食料自給率は先進国の中では最低水準、輸入に頼っているのが現状だ。そして輸入――ものを貰う代わりとして自国の生産品を輸出――要は交換していただろう? だけど……」


「その交換に必要な生産品がなくなれば、ってことか」

 なんとなくわかった! わからんけど!


「そういうこと。まあ、他にも様々な要因があるみたいなんだけど、僕は難しいことはよくわからないしね。とにかくペロリアンで調査した現段階の結果がそういうことなんだ」


 pr……いやもういい。もう笑わないもう笑わないもう終わったネタだだーはっはははははあははははは! はぁ、はぁ、落ち着け、落ち着くんだ俺……。


「でもさ、輸出入に頼れなくなっても、他の国が助けてくれたりしなかったのか? 例えばそう、米国とかさ」

 言いにくくない? 米国。米国米国米国米国米国米国米国米国米国米国米国米国米国米国米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀米穀コメやないかい!! コメと言ったら日本やろ!? 米のお株も米国はかっさらっていくつもり!? 勘弁してや米穀~! ……真似ばっかりしてごめんなさい。


「うん。もちろん米国は助けようとしたさ。安保理でも日本を援助することが決まって、その動きが強まった」


「それなら――」


「でもね、諸外国の援助だって限界があるんだ。それに、太陽がなくなったことで日本は先進国ではなくなった。特殊事例国援助制度っていうものまでできて、日本はその制度が適用される唯一の国になってしまったんだよ」


 Great Scott…….


「This is heavy? (ヘヴィな話だろう?)」


「世界のお荷物になっちまったってわけか……」


「その言い方はどうかと思うけど……」


 ダイジナコトナノデリィ。


「でも、そうなると、日本はどうなると思う?」


「少なくとも今までの生活はできないよな。平和が売りだったのに、暴動とか多発する気がする……」


「それだけじゃない。少し考えればわかるはずだ。今の世界情勢を少しでも知ってるなら」


 そんなまさか……日本がまたですか!?


「もしかして……戦争でも起きたとか?」


「そのとおり。でも、それは戦争というより、ただの虐殺と言ったほうが正しいかも知れないね」


「虐殺!?」

 なんだよかった。やらかしたんじゃなかったのか。それならまし……どうかな? やらかすのとやらかされるのって……。どっちも最悪か……。


 マーフィが、日本がやられたと言っていないのに、勝手に解釈してそのままだけど問題ないよね☆ だってお兄ちゃんだもん☆


「日本を狙っている国や組織は少なくなかったはずだ。大戦で敗北し、敗戦国というレッテルを貼られ、大国にあたかも帰順したかのような立ち位置になり、それは見方を変えれば、大国の尖兵や召使いのようにも見えてしまう。掌の人形と言われてもおかしくない。少なくとも、日本やその関連国をよく思わない連中からしたら、目障り、目の上の瘤、なんて思われていたんだろうね」


「そいつらが大量虐殺を実行したってことか……」

 絶好の好機ってやつだな。


「実行した国や組織はわかってないけどね。でも、ボタン一つで戦争に決着がついてしまうような時代だし、テロリストかもしれないし、複数国の陰謀かもしれない。カルト集団やイロモノ宗教家なんかは、神罰だ、なんて言うくらいだから、何が本当かわからなくなってるんだ」


 オーマイ……。……明太子スパゲティ食べたくなってきた。


「なんてこった……」

 彼の言葉に真実味を感じてしまうのは、もちろん彼がそれを見てきたからだろう。ということはタイムマシンで歴史改変でもしない限り、それは本当に起こるということ。日本ちんぼ――崩壊。危ういことは何度もあったけれど、その都度切り抜けてきた。それができなかったということは、余程の大事件だったということか。


 思惟に耽っていると、マーフィが喉を鳴らして意識を向けさせた。そして彼は、


「そこで本題に戻るんだけど、君……世界を――いや、日本を――救ってくれないか?」





 うぇい。

「俺が……世界を、掬う?」

 なんで俺? 一応言っとくけど、世界と角煮とか救えるよ――違った――世界とか国とか救えるようなすごいパワーは持ってないけど。一国救えるパワー持ってたら今頃、クライストかネオか、伝説や神話の王様か神にでもなってるだろ、多分。魔王とか邪神って呼ばれてると思うけど……。


「日本滅亡をきっかけにして、東側と西側は疑似的冷戦状態に戻ってしまうんだ。日本が救われれば、おそらくそれも防ぐことができると思う」


 腕を組みながら解説する。


「そんな壮大な話いきなりされても……」

 ジッカン・ワカンテ。アフリカの小国。


 腕組みを止め、申し訳なさそうに、


「すまない。でも未来を見てきた僕にとってそれは真実で当たり前なんだ。だから、できるなら理解して欲――」

「作者が、『ここまで壮大な話にするつもり無かったのに……どうしてこうなった……orz』って頭抱えてるじゃないか」

 言葉を遮って言うと、


「ああ。作者はなんとなくでこの展開を書いていたらしいからね。ここまで大きな話になるとは思ってなかったんだろう。僕たちにとっては迷惑な話だね」


「なんてユルイ脚本なんだ……」

 オーウ、ノーウ……!


「それで? 僕は君がこの問題解決に抜擢されるべきだと思うんだけど、どうする?」

「やるっちゃ!!」

 電撃ビリビリするっちゃ!!


「そ、そう……。ありがとう、助かるよ」


 若干引かれた。まあ、マーフィが知らなくても無理はないか。


「そのかわり、ペロリアンに乗せてくれる?」

 wkwk! ukuk!


「うーん。そうだな……歴史を変えるような干渉をしないと約束できるなら、乗せてあげてもいいよ」


 オーマイ――、

「きゃっほーう!!! まーふぃしゅきしゅきだいしゅき!!」


「……気持ち悪いから抱きつかないでくれ」


 かなり嫌そうに距離を取られた。


「で、俺は何をすればいいんだ?」


「言葉で言うならシンプルだ。彼女を救えばいい。七緒水月〈ななおみづき〉をね」


「七緒水月……? それってまさか……!」

 真のヒロイン!? 部長退場!?


「そう、君が部長と呼んでる女の子だよ」


 えー……。うん、まあ、そうなるよね……。


「七緒、水月……。でも、どうして部長が日本滅亡と関係あるんだ? それに部長はどこに?」


 俺と一緒に歩いていたのに。どこへ消えやがったあのスットコドッコイは!


「彼女ならペロリアンを避けるためにどこかへ逃げてしまったよ。多分君を案じて戻ってくるんじゃないかな」


 ふむ。それも計算済みか、マーフィ。さすがだな!


「彼女と日本滅亡の関係は……僕からは話せない。これ以上話せば未来が変わってしまう危険性もあるし、それに僕は誰かから監視されてるみたいなんだ。だからあまり手助けはできないと思う」


 なんてこった。そうなるとペロリアンが使えないじゃないか。最強のストーリーキラーなのに……!


「そっか。でも、具体的にどう助ければいい?」


「それは簡単さ。……いつものように。君が思うように。信条に従って助ければうまくいくはずだよ。だから僕は君を選んだんだしね」


 いつものように……。――オーマイガッ!!! 俺、いつの間にかマーフィにストーキングされてたの!? なんて……なんて…………なんてエキサイティングなスネークインダンボールなんだッ!!!


「マーフィが俺を……」

 うん。ここは君を選んだのとこについてのセリフね。わかってると思うけど俺とマーフィはまだデキてないよ? ホントだよ?


 考えていると真摯な雰囲気で、


「君が行っていることは法律的に見て褒められることじゃないかもしれない。でもその根底にあるものは、信じてもいいと僕は思うんだ」


 Oh…….

「マーフィ……」


 ステーキデキたよ!


「俺、そんなふうに直接言われたのは君が初めてだよ。なんだか君にキスしたくなってきた……」


 抱き締めようと近付いていくと、


「そそそそれは遠慮しておこうかな! 僕には待ってくれてる人もいるから!」


 スゲえ勢いで後退りされた。


「そうだった。悪い。残念だけど……」

 誰だったっけ? ジェニファー、ジェニファー……ジェニファー・アニストン? ジェニファー・ガーナー? ジェニファー・コネリー? ジェニファー・ロペス? ジェニファー・ローレンス?


 裸の王様になっていると、「ふぅ」と気を抜く声が聞こえ。


「これで僕の要件は終わり。それじゃ、ひとっ飛び行っとくかい?」


「――行っとく!」


 ペロリアンに乗って過去を見てきた。

 ラインハルトに化けてヒトラーに会ってきたり、JFKの暗殺を阻止しようとしたり、織田信長が本当に竹槍の上を歩いたか確かめに行ったり、聖徳太子が複数の話を同時に聞けるか見に行ったり、卑弥呼の呪術? らしきものを目の当たりにしたり、聖母マリアからメシアが生まれる瞬間を目撃したり、最後の晩餐に行く途中のジューダスを気付かれないように引っ叩いたりもした。


 こんなにも刺激のある旅は、この先、経験できないだろう。そう思いました。

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