第22話「interlude」

 週初めの日曜日、ある夢を見た。

 余命幾許もない少女に恋をし、彼女に会いたい一心で追いかけ続ける夢だ。

 夢の中の自分は、彼女に会うため奔走していた。焦燥しきった心で走り続けていた。

 どうしても会いたかった。なんとしても。

 しかし、夢の結末はどうだったろうか。彼女に会えたような気もするし、会えなかった気もする。

 ただ、目が覚めたときの感情は物寂しい悲しさだった。

 彼女に会えなかったからかもしれない。

 会えたけれど、彼女が旅立ってしまったからかも知れない。

 残った心は、それがわからなかったせいか、何度でもと願ったせいか、やはり「会いたい」という気持ちだった。




 生きている人とは会えなくなる。いつか。必ず。

 それは技術が進歩しない限り変わらないだろう。

 ならば……いや、だから、自分を含めてかけがえのないものだと思わなければならない。

 死んでも好きになれない相手だっているだろう。当然だ。人はみな違うのだから。

 だが、たとえそんな相手でも……。いなくなった時、せいせいしたと思ったとしても……。ただ一つ、……あの人の顔が見られなくなったのはどこか寂しい、と感じることがあってもいいのではないだろうか。もしくは、相手と仲良くなれた場合のことを想像してみて……、ふ、と笑みをこぼすようなことがあっても。

 この世界で、すべての人と出会い仲良くなるなんてことは到底不可能だ。

 でも一つ一つの出会いを大切にすることくらいならできるはずだ。

 僕はそう思う。


 これは自分に対しての教訓。

 明日を生きるための道標だ。




「しおりちんとめん――」


「?」


 咳払いしてから言った。


「すみません。『みさかしおり』さんと面会したいのですが、今は構いませんか?」


「えーっと、はい。大丈夫ですよ。念の為聞かせていただきますが、彼女の親族かご友人ですか?」


「友人です」


 …………。


「お部屋は三〇二号室ですが、おわかりになりますか?」


「大丈夫です。ありがとうございます」


 受付で手続きしたあと、彼女の部屋に向かった。





         ◆





 お・た・え・ちゃ・ん♪


「そんな出来心でATフィールド突破すんなッ!」←気持ち悪い。


「そんな出来心で第四の壁突破すんなッ!」←私は何度でも突き破ろう。何度でもだ。ところで処女神のアレは何度でも再生すると聞いたのだがほん――おっと、誰か来たようだ。


「そんな出来心で第五の壁突破すんなッ!」←肉体。心。空間。時間。世界。愛する人の子ではなく、『自分とは違う人間が体の中で作られて寄生する』、と考えた方がいいのではないか? 少なくとも子供を作る前にそのくらいのことを考えた方がいい。

 生まれてきたことは幸福かもしれないが、少なくとも強運であろう。


 子供を作るのは賭けのようなものだ。誰が生まれてくるかわからない。人間かもしれないし、天使かもしれないし、悪魔かもしれない。はたまた神(天才など)かも。まるでソーシャルゲームのガチャ(システム)のようだ。

 私はこの人道的でない比喩表現よりも、そのように子を作られることの方が非道〈ひど〉いと思う。


「そんな出来心で人のカバン物色すんなッ!」←王道、しかしありきたりだ。ああ、だからこうなった。……安心してほしい。この話が世に出ることは万に一つもないし、それならあなたが続編を買うことなんて『万に一つも』以上にありえないことでしょう? 





         ◆





 ガラガラガラガラ。


「こんにちはー。失礼するよー」


「失礼するんなら帰ってー」


「はいはーい。さいならー」

 ガラガラガラガラ。


「――っていやいやいやいや」


「ふふ。冗談ですよ。どうぞ、入ってください」


「こんなノリの良い病人見たことねえよ」

 ツッコミながら薄いクッション付きの緑のスツールに座った。


「私も、こんな勢い任せの面会は初めてですけど」


 ベッドから起き上がりつつ言い返してくる。


「そう言われると言い返せないな」


 果物の詰合せのかごを小さな台の上に置きながら答えた。


「友達のクラスメイトとかですか? 下手な同情なら胃もたれ起こしてますから、三角コーナーに飛び込んで蓋して腐ってもらいたいんですけど」


「おっふぉう。すげえ口達者な病人だな、あんた。俺も同情はあまり好きじゃないけど、酒の肴くらいには嗜んでるぜ? もちろん酒って言っても濃縮還元汁かモウモウママのしぼり汁だけどな」

 “綺麗”に花を咲かせる少女に対し、同調じみた応酬を試みる。


「モウモウママのしぼり汁って……。わかってましたけど、あなたって変な人ですね」


「ああ。俺は変人なんだ。もしかしたら人ですらないかも知れない」


 清潔感のあるショートヘア。円い瞳。小さな顔に小さな身体。健康的から少し離れた白く透き通った肌。ビッグフレンドが見たらハァハァしそうな容姿だ。ハァハァ。でもそれをジロジロ観察して頭の中で文字にしてる俺ってヤバくね? 下手したらビッグフレンドよりヤバくね? ガッッッデム。美少女に会うたび毎回これかよ……。なんでこんなことせにゃならんの……?


「――ってどうなってんだソレ!?」


「……はい?」


 きょとんとする少女。その顔は何もわかっていない、という様子。


 ふぅー、っと呼吸を落ち着けてから、


「いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」


「えー。気になるんですけど。すごく」


 怪訝な表情を向けてきた。


「なんでもない。なんでもない。俺はなんでもない……」

 両手で視線を遮る。


「やっぱり変な人ですね。じゃあナースコールを押してっと……」

「ちょウェイウェイウェイウェイウェイウェイ!! それはダメだって! とりあえず俺の話を聞いてからそこは判断してくれ! 頼むから!」

 半立ちで両手をわちゃわちゃさせながらボリュームを上げると、


「どうしましょう……。一度、病室から連行される人を見てみたかったんですけど……」


 うーん、と言いながら窓の外の隠れた星へ顔を向けたかと思えば、


「いいですよ。さっきのわちゃわちゃした動きがほんの少し面白かったので猶予をあげます。三十秒で私を納得させれば押さないこともないです」


 よかったー。もうちょっとで前が付くところだったー。わちゃわちゃしたのは無駄じゃなかったぁ……。


「いや三十秒って短くない? もうちょっと何とかならないかな?」


「もう始まってますよ。あと十五秒」

「Wha!? うっそだろ! ちょっと待って……。ちょっと待って……。今考えるから……!」


「五、四、三、二、い――」


「――君は僕の恋人なんだ!!」

 身を乗り出して伝えると、


「はい、押しましたー☆」


 輝くようなファムファタルスマイル(峰不二子的)が待っていた。


 ……。

 …………。

 ………………。


「ちが! ちが! ちがう! 違うんです! 僕はそんな気なんてこれっぽっちもなくて! あ、あ、あはぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ」





 三時間後。


「えー。うそー。また来たんですか? しかも今度は窓から不法侵入だなんて。ここ三階ですよ? 命綱あっても長すぎて地面に激突しちゃう可能性だってあるんですよ? それなのにまた来ちゃうなんて、やっぱりあなたは変な人ですね」


「待って。まだ押さないで。俺の言葉を一度だけ聞いてくれればそれでいい。だから頼む」

 オフィサーが人質を取った犯罪者に対して、両手の平を見せながら己の拳銃より後退していくように話しかける。


「これで二回目ですよ? お願いするの。……はあ。まあいいです。今の反応がほんの少し面白かったのでまた猶予をあげます。はいどうぞ」


 ナースコールを持ったまま余裕を見せびらかす少女に対し、すぅっと息を吸い込んでから、


「僕は夢の中で君に一目惚れしたんだ!!」

「はい、押しましたー☆」


 ………………。


「うやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああん」





 一時間後。


「ええー。またですかー? さっき看護師さんがコード・ブルーのスタッフが一人いなくなったって言ってましたけど、まさかのまさかですかー? いい加減捕まっても知りませんよー? そんなド根性奮わせてここまで来ちゃうなんて、やっぱりあなたは変な人ですね」


「もう一度頼む……後生だから……」


「はいはい。ちょっと面白いので一言だけですよー? どうぞ」


 一度間を置いてから口を開いた。


「――君に会いたくて来たんだ!!」


「それならあの時帰っていればよかったですねー☆」


 ………………。


「ぬぅぉぉぉおおおおぉおぉぉおおおおおおぁぁあああああああああああああああああ」





 一時間後。

 スカイダイビングで降下(被目撃)。


「――お前が欲しい!!」

「私は熱血アニメのヒロインじゃないですよー☆」


「がぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ」





 一時間後。

 到着過程不明(被目撃?)。


「――僕は、君と夢の中で出会って……それで、僕は君に恋をして――」

「ルールは守ってくださーい☆」


「だからぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」





 一時間ごとに繰り返し、夜。

 到着過程不明(被目撃?)。


「――君の瞳にチアーズ!」

「チアーズってなんですかぁ。センスなさすぎでーす☆」


「きゃっほぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううう」





 同上。


「――月が綺麗ですね」

「そうですねー。もうおねむだから帰ってもらえますかー☆」


「ヤっフゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」





 数時間前。夕刻。

 未来から。


「――僕と君の未来に道なんて必要ない!」

「はい、反則でーす☆」


「ふにゃぁあぁぁあぁあああああああああああああああああああああああああああああ」





 現在に戻り、夜。


「はぁ。はぁ。ひぃ。ふぅ。もう……だめ……かも。なに……も……思い……つか……ない……」

 病室に崩折れ、倒れた。


「終わりですかー? じゃあ押しちゃいますよー? いいんですかー?」


「おわ……りじゃ……。でも……きょう……は…………あした……」


「明日も来るつもりなんですかー?」


「あ……あした……も」


「……はぁ。もしかして、これから毎日来るつもりなんですか?」


「……く……くる……」


「うーん。でも、こう何度も来られると、こっちにも色々と都合がありますからねー」


「……じゃ……一……日……いっ……かい……」


「……しようがないですね。じゃあ、一日一回ということで、許してあげます」


「あ……あり……が……とう……」

 地べたにうつ伏せたまま朦朧としていると、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。

 それが自分の近くで止んだあと、服が擦れる音が微かにして、


「そんなところで寝てどうするんですか。風邪を引きたいんですか? もしかして入院する気ですか? この病院に? ダメですよ。それは反則ですから。……だから」


「今日はおとなしく帰ってくださいね」


 仰向けになった体が軽くなり、温かさに包まれた。


 そこで思考に火がついた。

「――だからどうなってんだよソレッ!?」


「……。はい?」


「いや、やっぱなんでもn――」

「押しましたけど、なにか?」


「えぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

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