第7話「Franz Qahwah」
「――えらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
突然、雷〈いかずち〉がはためいた。
「い!?」
耳を劈く轟音に俺は飛び上がり、
「アヒャッ?」
部長はグーフィーが何かに気付いたかのように顔を向ける。
振り向いた先には、デカくて強面のおっさんが仁王立ちしていた。ドアの前で。
違った。背の高いボンキュッボンなお姉さんが立っていた。モデル立ちで。
雷かと思ったが、「お前らあああああああああっ!」というカミナリだったようだ。「えらあああ」の辺りから気付いたので、「お前」の部分が後から追い付いてきたのだろう。
お姉さんは青筋が浮き上がった形相で、せっかくの美しいお顔を台無しにしていらっしゃる。てか……マジ怖え。目がこええ。このシーンは紫色のメデューサがFDで覚醒して、魔眼で石にされるシーンだ。誰かサム・ワーシントンを土星の衛星からサルベージして連れて来てくれないか?
ちなみにこのお姉さん、にゃんこエプロンしてます。
焦げ茶のエプロンで、二つ並んだポケットから某映画調で描かれた黒猫と白猫が出てきており、白猫が黒猫の頬にキスをして、黒猫が頬を染めながら目をまん丸くしている絵柄のもの。そう、ジジとリリーのエプロンである。
「入れ」
メデューサお姉さんは親指で背後のドアを指し示し、エプロンを翻して店に入っていった。
少し草臥れた木製ドアの上の看板に視線を移すと、「カフワ」と書かれていた。
◆
俺と部長は四人用の席に座っている。部長は窓側、俺は通路側で、対角の位置。客は他にいない。
店内は、大方、樫の木とレンガで構成されており、窓の外さえ見なければ、外国にいるような雰囲気だ。
最も驚いたことは、レンガで作られた暖炉があったこと。外がレンガなのだから、中もレンガで当たり前ではないか、と思われそうだが、俺は、レンガの暖炉を見たことがなかったのだ。いや、物心つく前に見たことはあったかもしれないが、それより後では記憶にない。したがって目を見開き、入店して最初にそれに目を奪われた。
あとは香り。馥郁たるそれに、入店した瞬間、目が冴えたほどだ。しかし、俺はコーヒーの香りを語れるほど通ではないので、前々から思っていたことを思考することにした。
※ここから後ろ六つの段落は特に面白くないから読みたくない人は飛ばしてね。でも読むと幸運のおまじないが掛かるから幸運値を一時的に上げたい人は読むといいかもしれないよ。ふふふ……。
↑ 志津馬は必死にスマホを操作しています。↓
コーヒーの香りで落ち着くことが不思議だ。カフェインは摂取すると、覚醒作用――つまり興奮する。しかしコーヒーの香りは鎮静作用、すなわち落ち着くのである。香りによって集中力を上げるもの、気持ちを落ち着かせるものと種類があるようだが(ブルーマウンテン・グアテマラは鎮静作用で、マンドリン・ハワイコナなどは集中力上昇らしい)、これは興味深い。
↑ 志津馬は必死にスマホを操作しています。↓
コーヒーノキ以外にも、人間社会に浸透している植物は多い。食物になるもの、生活に利用されるもの、それらのみでも枚挙に暇がない。だがコーヒーノキのそれは、他のものから頭抜けていると思える。世界的嗜好飲料という点、その理由であるカフェイン依存を用いた種の繁栄。後者のそれは見事という他ない。人間という、自然にとっての害をも利用するその様は、毒を以って毒を制す、と言ったところだろう(カフェインには依存性・副作用・離脱症状・神経毒性があり、中毒を引き起こすこともあるのだ――その強かさも、珈琲の魅力の一つなのではなかろうか)。
そう思いながらも、やはり鼻腔をくすぐる香りには勝てない。それが人間である。
コーヒーの話はさておき、香りと同じくらい気になることがある。それはもちろん先の女性である。白のTシャツに黒のパンツ、そしてエプロンと、ヒールが低めの黒のローファーパンプス、という出で立ち。店に招き入れたこと。それらを鑑みるに、
「部長、あの人ってもしかして……」
「来たにゃり」
訊こうとしたが遮られた。
振り向くと、さきほどの女性がトレーを持って向かってきていた。
眼光の鋭い彼女は、俺達のテーブルに来て(年は二十代半ばといったところか)、「失礼いたします」と言いながら、『スマイル一億円』とも言うべき表情でトレーに手を伸ばし、
「こちら、ブレンドでございます」
すげない声とともにそれらを置いた。コーヒーカップ、ソーサー、ティースプーン。無造作なように見えて、その実、手を伸ばしやすい絶妙な位置に据えられている。
俺はテーブルの四角張った縁に視線をつっと移し、湯気の上っているコーヒーにそっと戻して思い見た。
……これはどういうことだろう。いや、わかってはいる。この愛想のあの字もないような女性は、「珈琲をどうぞ」と言ったわけだ。しかし、しかしだ。おかしくはないだろうか。俺は注文をした覚えはない。部長もまた然りだ。なのになぜ、勝手に頼んでもいない商品を持ってきた? まあ、おおよそサービスといったところだろう。それはいい。それは常識の範疇に納まっている。それよりも俺が最も言いたいことは、言うまでもない。敢えて訊くことがあるとすればそれは、「あなたはその輝くような笑顔でサービス業に身を置いているのですか?」、これである。
「兄ちゃん、こういうとこ初めてかい?」
片手を腰に当て、モデルみたく重心を傾けた姿勢で上から訊いてくる。
――俺が! いつ! あなたの兄になったのか! 詳しい事情を訊きたいものだ!
……ああ、この店にホスピタリティがないせいか、頭痛がしてきた。
「ああ、初めてさ。麗しき我が妹よ」
兄ちゃん……。この人はヤクザか何かなんだろうか。それかレディースとか? こわい。こわいこわいこわいこわいこわわわわわっ。そんな目つきで見下ろさないで……お腹が痛くなっちゃうじゃないか。
怖気〈おじけ〉を震ってどうにも座りが悪くなってしまった。
「はっは! 面白いやつだね! まあ、固くならなくていい。作法とか気にせず、ゆっくり味わってくれ」
平民を居城に招いた領主の如く、固くなるな、とのたまう。そのおかげで、
「はひぅっ」
しゃっくりのように吃〈ども〉ってしまった。違うんですぅ……。そっちの緊張よりぃ、こっちの緊張でガチガチなんですぅ……。カフィ味わう余裕なんてないんですぅ……。
どうしてお客相手にタメ口なんだろう。お客様は舎弟ですゴラァってことかな? ハハッ!
色めきながら返事をすると、姐〈あね〉さんは部長の方に顔を向けた。
「みいちゃん困るね。常連とはいえ店の前で騒がれちゃ」
みいちゃん? 何それ。エプロンに描かれたにゃんこの名前かしら。ジジとリリーじゃなかったの?
「すまないマスター。少し羽目を外してしまったようで」
組んでいた脚を戻し、落ち着いた様子で気持ち頭を下げるセイバー、じゃなかったブチョー。魔力の流れを見る限り二人に契約のようなものはないようだ。
それにしても、少し。少しね。……あれで? 突然全力疾走で走り出した挙げ句、俺のお月様をなでりなでりしておいて、「サロンシップサロンシップ!」とかほざいてたあれで少し……? Are you kidnap me……?
姉貴はトレーを肩に乗せながら、ポージングを反対にした。手足ながっ。
「まあ、ちょうど少ない時間だったから良かったけどね」
メンチを切るように笑う。そのおかげで戦慄いた。……え? 怒ってないの……? 激おこじゃないの? あ……そうなんだ。顔見ただけじゃ虫の居所が悪いとしか思えなかったよ。いや今もだけど。
トレーを下ろして目を輝かせる姐さん。目が合うと、俺は子猫になって石化した。
「それにしても珍しいじゃないか。みいちゃんが同年代の男連れ込むなんて」
ふむふむ。連れ込む……。連れ込むっ!? その連れ込むからは痴情のもつれから殺人事件にもつれこむニオイがしますよ!? そこはかとなく!
恐怖のあまり発話が辿々しいことになりそうなので、「同年代の男連れ込む」というワードは気にしないことにしたが、さて部長はどうだろう。この手の話題になんと答えるか。
「新入部員なんです」
殺人事件なんです。と答えていたら俺の目玉は発射されていたかもしれない。マジンガーZに出てくる女ロボのおっぱいミサイルみたいに。
「へえ。じゃ、コンパにここを選んでくれたってわけかい。光栄だねえ」
腕を組みながら田舎のばあちゃんみたいなセリフを吐く。でもばあちゃんみたいなのはセリフだけだ。目力のせいで着物を着てたら極道の妻にしか見えない。
「ここなら、どこに出しても恥ずかしくないお店ですから」
そう言う部長は、恥ずかしがる様子もなく堂々としている。うわあ、かっけえ。俺もそういうセリフ言ってみてえ。でもそれ、子の結婚を前にした親のセリフでもあるよね。
「はっ、褒め殺しかい? こりゃまいったね……」
姐さんは両手を腰に当てて目を閉じ、
「よし、好きなもん頼みな。ケーキでもパンケーキでもホットケーキでも。サービスだ」
開眼とともに第三次産業の切り札を発動した。
マジで!? ホントに!? どれでも好きなの頼んでいいの!? お母さん!? じゃなくてお姉さん!
もしかして気前のいい人なんだろうか。違う意味で気っ風のいい人には見えるけど。
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