第54話 起死回生

『行けるか!』


『恐らくこの壁を破壊できれば!』


『スキャンして問題なければC4の準備をしろ』


地下下水道にて特殊部隊が壁の爆破を試みようとしていた。

この特殊部隊はゼウスの隣のシティ【アテナ】のものだ。

全世界放送を見て、ついに行動を起こしたアテナシティの大統領

【アポロン】が突入を指示したのである。


『スキャン終わりました、厚さは1mもないと思われます、金属ではなく岩盤なのでC4で問題ないです!』


『よし!爆弾設置班2名を残し、残りは一度地上へ』


着々とゼウスの悪行を止める動きが進行していた。


ズーーーーーーーーー・・・・・カッ・・・・

『爆弾設置班、設置完了!戻ります!』


『了解!』

ズー・・・・ザッ・・・・


下水道へのマンホールから2名が出てきた。

腰まで水に浸かったらしく、腰から下が濡れていた。

爆弾設置班2名のうち、1名が指示を出した。

『もっと離れて!』


爆弾設置班2名も離れ、建物の陰に隠れた。

設置班の1人が握っている爆破装置のキャップを外す。

ピコッと言う音がした。


『ファイアー!!!!』


そう叫ぶとスイッチを押す爆弾設置班。


ドン・・・・


と、思っていたより小さく鈍い音と共に

地面が少し揺れた・・・その瞬間凄い勢いで

マンホールから土煙が一気に噴き出した。

バラバラと土や小石が降り注ぐ。


視界が確保できた時点で行動開始。


『突入する!ここから先は感染者がいるやもしれん、危ないと感じたら・・・・射殺いや、排除しろ』


『はい!』


『いくぞぉ!』


破壊された瓦礫を乗り越え、ゼウスの地下下水道へと入るアテナの特殊部隊。幅7mほどの下水道の左右1m程度の幅で通路が作られ、中央は汚水が流れていた。深さは確認できないが、恐らく1.5mくらいだと推測される。雨の為水かさが増しているのだろう。30m程通路を進み、右へ続くカーブに差し掛かろうとした時、人影が見えた。隊長が部下に待ての合図をし、人影に銃口を向けて声をかける。


『立ち止まって名を名乗れ』


「感染者なら応答しないはずだ、次の声がけで応答が無ければ撃つ」

そう部下に伝え、もう一度声をかける。


『立ち止まって名を名乗れ』


トリガーに指をかける隊長。


『ま・・・待ってくれ、名前はロキ・・・ゼウス特務機関の上官、IDはえと・・・RK2243・・・587だったかな』


『確認する、そのまま動くな』


部下がIDを入力し、ゼウス特務機関にアクセスする。

個人情報はシティの機関の人間同士は

データが共有できることになっている。

特別な許可を得ている人間のみ・・・だが。


『出ました、ゼウス特務機関 上官 ロキ RK2243587間違いありません。』


『確認が取れた、済まなかった、こっちへ来て、さぁ水を飲んで・・・・』


『すまない、助かります・・えと・・・』


『私はアテナシティ特殊部隊 隊長タイナス・エクスド・ケリアス・エイダと言う』


ブッ・・・あまりの長さに水を噴き出したロキ


『長いだろう、私もいつも自己紹介では躊躇する。頭文字を取ってTEKE(テケ)と呼んでくれたらいい』


ぼんやりと機材の灯りで照らされたテケ、黒髪のショートボブに鋭いけれど潤んだ悩ましい瞳、大きめの口で薄めの唇がとても色気を感じ、引き締まっているが出るところが出ている容姿にしばし見蕩れるロキ。


『じ・・・じろじろ見るんじゃないっ!』


『おっと・・・女性の特殊部隊隊長とは恐れ入ったよ、よろしく頼む。何から話そうか・・・・』


----------------------------------


はぁはぁ・・・・


雨に打たれ、流れる血も制服に染み込み真っ赤に染まった如月。

『あ・・・阿修羅って・・・』


『腕が6本って卑怯っすよ!』


『ちゃんとタイマンはって欲しくて申し訳ございません!』


『うるさい外野ですね、タイマンはタイマンでしょう、

一対一ですよ?何かおかしいですか?』


『あぁ・・・・せやな・・・・』

左拳を前に、右拳をグッと引き、腰を落として構え、

ヒューーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと息を吐き、

クッと止めた如月。


6本の腕をバッと全方向に広げ身を屈めるジャッカル。


そこには雨の音しか聞こえなかった。


数秒睨み合った時、ジャッカルが動いた。

対正面であろう如月の構えに対し、右に回り込みながら距離を詰める。

6本腕の時点で圧倒的有利なのに、更に右を打ちにくい如月の左に

回り込むとは、卑怯だが抜け目ない男。


しかし如月も最強女子高生を名乗る実力者。


構えを変えて対応する。


ふらつく足元を見てジャッカルがニヤリとした。


2本の腕で交互に突きを打つジャッカル!


如月は風になびく柳の様にスルスルとかわした。

3本目の腕が真っすぐに拳を向けてくるが、左右の攻撃を避け、正面の突きは両手で弾いた。4本目のフックを身を反らせて避け、通り過ぎたその肘を右に押した。その反動でバランスを崩すジャッカルだが、空いている手を地面に支えの様に使い、低い位置から蹴りを打つ。


軽くジャンプでやり過ごすが、この脚がクセモノ。


回転して戻って来る!と同時に左右から拳。


両腕で左右の拳を受け止めるが、戻ってきた脚によりまたもや如月の身体が斬られる。


『グッ・・・』


バランスを崩した如月に6本の腕から6つの拳が一気に襲い掛かる。如月は人形が無数の弾丸を浴びたように宙に浮いたまま連打を受けた。猛烈な仕上げの様な一撃を喰らい、軽く7~8メートル吹っ飛ばされて、如月は壁に激突し、地面に落ちた。


一瞬辺りが無音になった。


雨の音すら聞こえない、信じられない様子の仲間たち。如月の声が聞きたくて如月の声だけに集中し、まるで周囲から音が消えたかのようだった。


『む・・・・むつき・・・・』

最初に声を出したのは、震えて大粒の涙を受かべたパイロンだった。


『全員でかかれば・・・何とかならないっすか・・・助けなきゃ・・・如月さんを・・・・』


『待って・・・』

神楽が割って入った。


『ミントちゃん・・・動いてる・・・・』

よく見ると、ゆっくりとゆっくりと動いていた。

本当にゆっくりと起き上がり、力なく座り込んだ如月。

『ガハッ・・・・』

大量の血を吐き、ふぅ・・・と息を吐いた。


『あの・・・大統領だっけ・・・私、殺す?殺しちゃうよね』


『そうですね、見せしめにいいですから殺しましょう』


『最後にアイス食べたいんだけど・・・いい?いいよねそれくらい、ねぇ・・・大統領・・さん』


『いいでしょう、そこの誰か、アイスを渡しなさい、渡したら直ぐに離れて、でないと一緒に殺しますよ。』


ガクガク震えたパイロンは使えない、羽鐘は危なっかしくて行かせられない、チャッキーも何するかわかんない顔・・・そう考えた神楽は『私が行く』と言い、クーラーボックスからスースーミントを出し、如月のもとへ向かった。


雨でベチャベチャの野外スタジアムを歩く。

サーーーーっと言う雨の音の中、チャッチャッチャッと等間隔で足音が響いた。

この間、神楽は策を考えるが、考え付かなかった。

本当に何も考え付かなかった。

実質最強の如月が倒れたのだ、打つ手はないと言っても過言ではない。

袋を開けて如月の前にしゃがみこみ、スースーミントを渡す。


『頑張ったね・・・・ありがとうミントちゃん・・・』


『サンキュ・・・・でも・・・終わったみたいに・・・言わないで。氷の女王の・・・反撃開始よ・・・下がって・・・・』


神楽は何を言っているのか、この状況で何ができるのかわからなかった。

薄れゆく意識の中で、意味不明な事を言い出したとさえ思っていた。

立ち上がり、ゆっくりその場を去った神楽。

かける言葉はなく、振り向く事も出来なかった。


『大統領・・・さん・・・・第二ラウンド・・・行くわよ・・・』


そう告げると如月は側に横たわる死んだゾンキーの口に腕を突っ込んで、頭突きで口を閉じた!ドン!ザクッ!!!!!!!!!!!!!!その勢いでゾンキーの歯が如月に食い込む!!!!!


『何をしている如月!そんなことしたら!!!』


慌てる虎徹にベーっと舌を出し、グッと奥歯を噛んで堪えた。


『おいおいおいおい、なんですか?自害ですか?』


体中が小刻みに痙攣をし始めた時、如月はムシャムシャと一気にスースーミントを食べた。


『まさか・・・・で、申し訳ございません!』


ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!


如月が天に向かって吠えた!


『如月覚醒!!!!!!!!!!!!!!!!』


そう叫ぶと凄まじい勢いで走りだす、いあ飛んでいるかのようだった。

そのまま真っすぐに飛び、ジャッカルに体当たりをする!

防御が追いつかずもろに喰らって身体が浮き上がり、

着地するが勢い収まらずズルズルと滑るジャッカル。

正気を失っているはずの如月だが、構えを取っている。

ジャッカルはそれに応えようとするが、構えを取る間もなく顔面に

大気が揺れる程の正拳を貰う。


ガゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!


人を殴ってこんな音がするのかと言う、聞いたことがない打撃音がした。


膝をつくジャッカルに容赦のない如月の膝蹴りが突き刺さる!


ズドォオオオオオオオオン!!!!!


飛び散る血と水しぶきがスローモーションに見えた。

怯むジャッカルの顎を右のアッパーがつき抜ける。

歯と歯がぶつかり、カコォオオオオン!と言う乾いた音がした。

首の動きに付いて行くように舞い散る血液。

仰け反った後頭部を掴まれて強引に引き込まれ、

何度も何度も膝蹴りが顔面に入れられる。

手を入れて防御はしているものの、その効果は薄く、

ほぼ直撃の連打と言ってもいい。

完全にジャッカルは如月を捉えられずに1手も2手も遅れている。

ラスト一発の膝が顔を突き上げ、その顔面に踵を入れた如月。

ゴロゴロと転げて蹴り飛ばされたジャッカル。

その胸部にズドン飛び乗り、脚で顔面を踏みつけ、

追加で出てきた腕を1本引きちぎった。


『ウラァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


バキン!!!!!ブシュゥウウウウウウ!!!!!


音を立ててオイルが噴き出したそのホースの様なものは、

苦しむ蛇のようにのたうち回った。

痛みを感じるらしく、ジャッカルは『ギャァ!』と一声上げた。

その声が気に入らなかったらしく、如月はジャッカルの顔を

思い切り3回ほどドンドンドンと踏みつけ『グォオオオ』と一度吠え、

残りの腕も引きちぎっては顔面を何度も踏みつけた。

6本の腕を引きちぎり、馬乗りになって顔面をひたすら殴り続けた。

渾身の力で何度も何度も殴りつけた。


何度も何度もである。


大抵何度も何度もと言っても実際は数発だったりするが、

この場合の何度もは、本当に数えられない程の回数だった。

総合格闘技の歴史でも見たことが無いパウンドの回数。

止めるレフェリーも居なければ、時間制限もないこのリングでは、

何度顔面を殴ろうが止めるまで終わらないのだ。


声をあげていたジャッカルも殴られるままになり、

声を出さなくなった。

約10分の出来事だった・・・。


覚醒が終わり、如月の動きが止まって正気に戻った。

ゆっくりと、ふらふらと体を動かし、皆の方を向くとニッコリと微笑んだ。

しかし、人間の出せる力を遥かに超えたチカラを出したのだ、

筋力も、恐らく内臓も悲鳴を上げていることだろう。

とてもゆっくりと、ゆっくりと立ち上がった。


終わった・・・・誰もが安心した瞬間、如月の背中が切られた。


ビシャァアアア!!!


激しく血しぶきが上がり、如月が膝から崩れ落ちる。


『クソガキガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!ラーの逆十字は決して崩れぬ!!!!我こそが神!我こそが神だからだぁ!死ねぇええええええええ!!!!!』


ズドン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ジャッカルの額が撃ち抜かれた。

穴の開いた額から、注射器で飛ばしたように血がピュー!と出た。

真っ赤な血で出来た水たまりに勢いよく顔から倒れるジャッカル。


『間に合ったか!!!』


声の方を見ると。。。。

そこにはロキがデザートイーグルを持って立っていた。

後ろから次々と兵士が入って来る。

ジャッカルが積み上げた死体の山が崩れて侵入できたのだった。


『いい腕だな、ロキ、この距離をハンドガンで当てるとは・・・いやハンドガンで狙う根性と精神力・・・か・・』


『おかげで間に合ったよテケ、ありがとう』


テケが生存者に近寄り、声を張ってキビキビと話し始めた。

『我々はアテナシティ特殊部隊だ、安心してくれ。私は隊長の・・・テケだ、よろしく頼む。怪我人を教えてくれ、救護班を呼ぶ、是非我々のシティで治療その他最善を尽くさせて欲しい。世界の危機に立ち向かってくれて、ありがとう!一同敬礼!!!!!』


特殊部隊全員が見事なまでに美しい敬礼をした。

神楽が端末にアクセスし、ゼウスを取り囲む鉄の壁1枚を下げる。


『テケだ、ゼウスの北東の壁を1枚だけ開いた、我々が感染者の駆除を行ったがすべてではない、救護班は即ゴーゴンスタジアムに向かい、兵士はその援護に回れ。その他の兵士は5人を1班としてチームを組み、可能な限りの班でローラー作戦を行い、感染者の駆除を行え!以上』


テケはそう指示を出すと、神楽のもとへ近づいた。

『見たところ、あなたが詳しそうなのだが、話を伺っても?』


『ええ、今後・・・その、予想に過ぎないけど、感染した人を救えるかもしれないのです。でも確実ではないので実験や研究をしなくては。アレは菌がベースなので、管理はしていたけれど、感染者がいる限りこの先、何カ月、何年か先にでもまた発症するかもしれなくてよ。ただ、残念だけれど私はただの特務機関であって研究者ではないの、残念だけれど・・・・』


『協力させてもらえないだろうか、アテナシティに。アテナの大統領アポロンから無線が繋がってます・・・』


そう伝えると、テケは神楽に無線機を渡した。


倒れて動かない如月に駆け寄り、声をかけるパイロン。


『触らない様に・・・』と兵士が声をかけるが、

パイロンは大声を張り上げ


『早く助けてよ!死んじゃうから!』


と泣きながら両手を握りしめて叫んだ。

その叫び声に誘われるように羽鐘も


『救護班まだっすか!』

をもう50回くらい連呼している。


やっと救護班を乗せたトラックが到着した。

如月を担架に乗せ、虎徹も外れた足と一緒に運ばれる。

パイロン、羽鐘も一緒に乗り込んだ。


降りしきる雨の中、感染者を狩る銃声がゼウスに響いていた。

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