第18話 子供たちの戦い

「伯…。」

旭陽が静かに不安そうに呟いた。


「旭陽。逃げろ。」

伯は静かな声で言った。


2人は背中合わせに立っていた。お互いに目の前を見ていた。

その2人はの表情は緊張に満ちていた。不安気な表情でもあった。


2人の前には大きなクマの魔獣がいた。神麓山に入って初めて魔獣に出遭った。

ここまでの道程に魔獣はいなかった。出遭うことはなかった。


クマの魔獣は3メートルの身長。大きかった。黒い毛並みに赤い瞳。額には赤い月の印があった。

クマの魔獣には優れた知性がある。人間ほどの知性と人間以上の力を持っている。

戦う術はあるが、子供に対応できるか分からない。


目の前にいる魔獣は自分たちの力が及ぶか分からない敵だった。

学校の演習で弱い魔獣と戦ったことはあるが、ここまで強い気を持つ魔獣を見たのは初めてだった。


戦う術を知ってはいるが、どうすれば戦えるのか分からない。


「無理だよ。退路は断たれて後ろにも…。」

旭陽は静かに言った。


「え…。」

伯は驚いたように呟いた。


それは知りたくなかった事実だ。だが、そこには魔獣がいる。

伯の前にはクマ。そして旭陽の前にはヘビの魔獣がいた。

2人の退路は完全に絶たれていた。


ヘビの魔獣は4メートルほどの長さ。直径で30センチほどの紫色の皮膚の色。黄色の瞳。その目は獲物を定めた瞳をしていた。

しっかりと2人を捉えていた。


伯と旭陽には勝つ手立てがまったくなかった。これだけの魔獣を相手にしたことのない2人は何も考えられなかった。


「伯。私たちはどんなことをしても帰らなきゃいけないの。分かる?」

旭陽は静かな声で言った。


その声は震えていたが、しっかりと自分の意志を伯に伝えた。自分たちは帰らなければならない。

生きて帰らなければならない。どんなことをしても帰る。


だから考える。頭の中で多くの情報を精査していく。

旭陽は特別な子だった。里の中でも飛びぬけた頭脳を持っていた。

誰もが今は知っているが、そのことを見抜いたのは朱伎だった。


それまでは変わり者扱いされていた。普通の子供と違うモノが見えていたのだ。

見えると言うより、天才だった。大人にも負けることのない頭脳を持ち、先を見る力を持っていた。

一度、聞いたことは決して忘れない。いつでも思い返す事が出来る。


変わり者という評価を朱伎は翻し、自分の近くに置くように指示をした。

正しい評価を与え、その能力に見合った教育を与えた。

そうすることで旭陽を護った。

旭陽の能力は利用価値があった。利用しようとする人間が出てくることは必須だったところを朱伎が引き抜いたようなものだ。


「旭陽。ごめんな。」

伯は小さな声で言った。


自分が悪いことは分かっている。旭陽だけは護らなければならないと思った。

自分の身を差し出しても彼女だけは護らなければならない。


「そんなことはいいの。逃げ道を作って帰ろう。」

旭陽は答えた。


「俺が囮に。」

「伯。違うの。あのクマの弱点は額の月の印。でしょ?」

伯の言葉を旭陽は遮った。


旭陽の中に道筋ができた。成功する確率は少なかったが時間稼ぎが必要だった。

旭陽には朱伎が来ることが分かっていた。ここまでラキの保護下にあったことで魔獣に出遭わなかったことも気付いた。

そしてラキが朱伎に知らせに行くことも分かった。だから時間稼ぎをして助けを待っていればいいと考えた。


それが自分たちが助かる方法だった。それしか方法がなかった。

だがそれを伯に説明している時間はなかった。


「ああ。そう言えば…。」

「伯なら狙えるでしょ?ヘビの急所は狙えない以上、クマを狙う。その隙を見て逃げるの。」

伯の答えを聞く前に旭陽は言った。


そろそろ時間切れだと感じていた。魔獣たちが自分たちを狙いすましている以上、行動を起こさなくてはならない。


伯は同年齢の子供の中では秀でた力を持つ。法術において同年齢で勝てる者はない。

血筋もあるのかもしれないが天性のモノを持っている。

だから旭陽は伯の力を信じる。旭陽は知能は高いが、攻撃の法術は不得意だった。


「でも。」

伯は不安そうに呟いた。


「無理でもやるしかないの。今は逃げることだけを考えるの。」

旭陽は自分にも言い聞かせるようだった。


「分かった。」

伯が言い終わるのと同時に2人は動いた。


伯は瞳を閉じ集中する。少しの間だけ集中しないと法術を使うことができないのは子供だからだ。

その間は旭陽が結界を張り自分たちの身を護る。旭陽は攻撃には向かないが護りに関しては問題なかった。

ここまでは順調だった。ほんの一瞬でできた。


そして時間にして1分ほど。伯は瞳を開け、クマに向かって水の矢を放った。

ビリビリと音を立ててクマの額を狙う。狙いは正確だった。

クマの額の月に正確に当たった。はずだった。


「ウソ。」

「弱いか。」

旭陽と伯は呟いた。


その瞳には恐怖があった。自分たちに逃げ場がないこと。それは死を意味することだった。

2人は目を閉じた。








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